第9話「遭遇、そして戦い」 第1章
「冒険の始まり」

 「……うぅ……」

 カンナは頭を押さえて起き上がった。
 足元が消失したと思った瞬間、反射的に下に向けて放った風の魔法のおかげで、多少ダメージは軽減できたらしい。
 辺りを見回すと、ナラルとフェイルが同じように倒れている。慌てて確認すると、気絶しているだけのようで、安堵にホッと一息ついた。

 「ナラル、フェイル!」

 そう呼びかけながら揺り動かすと、2人は少し唸って目を開け、体を起こす。

 「……どうやら見事に落ちたみたいだね」

 立ち上がり、周りを見回しながらフェイルが言った。
 先程とは比較にならないくらい広い空間。辺りにはさっきまで床だった瓦礫が散らばっている。
 狭い部屋だったのでその量は多くはなく、またカンナの放った魔法で、その上に落ちずにすんだのだが。

 「あのボタン、今まで誰も押したことがなかったんだろうな」

 でなければ、あの時すでに穴が開いていたはずだ。
 そうカンナが上を見上げながら呟くと、

 「そうなんだろうね〜」

 と暢気そうにナラルも上を見上げる。
 高く高く、広い天井の中心。抜けた穴の向こうに赤いボタンが目立っていた。

 どうやって登ろう、そんな不安が一同の胸をよぎる。



 「ナラル……僕はこれも罠だったように思うんだけど……?」

 しばらくの沈黙の後、フェイルが少し低い声で言った。

 「えー、でももう進む道はなかったじゃない!」

 子供っぽく頬を膨らませて、ナラルは不満気に答える。
 確かにそれはそのとおりだったので、フェイルも黙った。

 またこの場を沈黙が支配しそうになったとき、一際高い瓦礫の山の向こうから、足音が聞こえてきた。
 一瞬で顔つきを変えたナラルが、杖を構えて一歩前に出る。

 妙な足音だった。
 一歩一歩は相当量の質量を有しているのに、間隔が異様に短い。
 音は更に反響で大きくなっているようだ。
 この先に道なんてあっただろうか……?
 カンナの頭で警告音が鳴り響いた。

 足音はどんどん近づいてくる。

 反響が消えた。どうやらこの部屋に入ったようだ。
 しかしその姿は見えない。

 瓦礫を踏み上る音が聞こえる。
 しかしまだ見えない。

 そして――瓦礫の一部がカラカラと落ちる音の後、足音も止まる。
 ソレは瓦礫の作る山の頂上に鎮座し、カンナたちを見下ろしていた。

 「ネ……ズミ……?」

 カンナは唖然として呟く。拍子抜けと言うべきか。
 猫ほどの大きさの、ネズミのような姿をした獣だった。
 ネズミにしては巨大だが、それでもやはり小さい。
 ただその瞳が、その身が森に属することを証明していた。

 「どうりで先に進む道がなかったわけだね」

 フェイルは溜め息混じりに言う。気づけなかった自分に呆れているのだろうか。
 確かにあの小さな体なら、隙間を見つけ潜り込むことも容易いだろう。
 だが、それならば何故賞金が懸けられたのか。そしてあの足音は。
 カンナの思考は、ナラルの声によって遮られた。

 「ファイアウォール!」

 直後、魔獣に高温の炎が襲いかかる。
 魔獣はひらりと身をかわし、重い音をたてて山の下に着地した。
 赤い目を細め、鋭くナラルを睨みつける。どうやら敵だと認識したらしい。
 だが、ナラルはそれに勝る気迫と鋭さをもって魔獣を睨んでいた。

 と、魔獣が一声鳴く。かん高い、やや耳障りな音。

 「!」

 同時に、その姿がむくむくと膨らみながら変わっていく。
 ナラルはもう一度魔法を放ったが、見えない壁に遮られるように霧散した。

 ギイイイイィィィィッッッ!!!



 「なるほど。これならあの足音も納得だな」

 先程より低く太い鳴き声のあと、冷や汗混じりに言ったカンナの目の前には、先程乗っていた瓦礫の山よりも大きな魔獣の姿があった。

 自身の前にいる敵を睨みつけ、もう一度魔獣は鳴く。
 すると、その周りに幾つも火の玉が出現した。
 勢いよく飛んでくるそれらを避けながらフェイルは、

 「人語は解さないみたいだけど……魔力があるのか。厄介だね」

 毒づく。
 こう矢継ぎ早に飛んでこられたら、狙いを定めるのが難しい。

 「だが直線的だ」

 カンナはそう言って呪文を唱えた。
 集中は難しいが、簡単なものならば――

 「アクアリーズ」

 その言葉を口にした瞬間現れた水は、火の玉を次々と相殺していく。
 その様子を見てから一息ついて、カンナは額の汗を右手の甲で拭った。

 「水の魔法は得手ではないんだがな……」

 魔力を持つ者にはそれぞれ得意な属性がある。
 カンナの場合、それは風だ。それ以外のものを使うと、やはり余計に魔力を消費してしまうのである。

 「大丈夫?」

 傍に来たフェイルが、弓に矢を番えながら聞く。

 「ああ」

 頷きながら、フェイルが狙っている先へと視線を移し、カンナは目を見開いた。

 ナラルが魔獣に向かって一直線に走っている。

 魔獣も、自分に向かってくる姿に気づいていた。
 ナラルに向かって、その尾を振るう。ブンッと風を切る音がして、ナラルが一瞬前にいた場所が砕かれた。
 横に跳んでそれを避けたナラルは、着地したその足でもう一度地面を蹴る。
 大きく跳び上がった彼女を、それより一瞬早く現れた火の玉が迎えた。
 いくら直線的とはいえ、空中では避けられない。
 カンナは慌てて早口で呪文を唱える。だが間に合わない。

 「まったく……あの馬鹿」

 フェイルは、引き絞っていた矢をぱっと放した。
 高速で飛ぶ矢は狙い違わず、目を射抜かれた魔獣は叫び声を上げて上体を大きく仰け反らせた。
 集中が乱れたのか、火の玉は全て消える。
 それをみとめて、ナラルはニヤッと笑った。
 片足で着地。

 「さっすがフェイル」

 そして更に跳躍。
 先程より高く跳んだナラルは、そのまま杖のリーチの長さで魔獣の首を深く薙ぐ。
 途端上がる苦悶の声。

 血のあとをひきながら魔獣は後ろへと倒れこみ、そして、動かなくなった。

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