第10話「新たな始まり」 第1章
「冒険の始まり」

 「ねぇ、カンナはこれからどうするの?」

 遺跡の出口で、カンナはナラルに尋ねられた。

 あの後、あの広い部屋を捜索し、他の魔獣がいないことを確認したカンナたちは、遺跡を出ることにした。
 まず上にどうやって登るという話になったのだが――







 「落ちたのはナラルのせいだし、ナラルが考えるんだよ」

 フェイルは冷たく言った。

 「なっ! ボクが悪いことしたみたいに言わないでよ! ボクのおかげで魔獣のとこまで行けたの忘れたの!?」
 「それは結果論だろ。
  大体、何で1人で魔獣に突っ込んでくなんて馬鹿なことするんだよ」

 ナラルはムーッと頬を膨らませ、負けじと反論する。

 「でもボクが囮になったから、フェイルも矢を射れたんでしょ〜!?
  『結果オーライ』っていうじゃない!」

 全く反省の色なしの幼馴染に、フェイルは深く深く溜め息をついた。
 呆れたのか、諦めたのか、それとも納得したのかはわからない。
 たぶん全部が含まれるのだろう。
 ナラルの言葉は、なるほど確かに核心をつくものが多いのだ。
 カンナはその2人の立ち位置から一歩離れて、傍観者よろしくその様子を眺めていた。

 「わかったよ……。
  だけどやっぱり魔法を使うのはナラルだよ。ここ登るには地か樹の魔法しかないし」

 そう出られては、ナラルも頷くしかない。
 やや不満気に、了承の意を示す。

 「いいよ。やればいいんでしょ、やれば……って――」

 下を向いて、反論を押し込めるかのように首を振ったときに、ナラルの視界に入った見覚えのある靴。
 思わずバッと顔を上げ、見たのはカンナの顔。
 初めてその存在に気づいたかのような目でカンナを見て、瞬間青褪める。
 そして次には顔を紅潮させて、フェイルに掴みかかった。

 「何でそれをカンナの前で言うのよーーーっ!!」
 「はぁ?」

 突然のことに、フェイルは本当に不思議そうな顔で首を傾げる。
 少し考えて、思い至ったような顔になり、次いで呆れと共に溜め息をついた。

 「あのさ、戦闘中普通に火の魔法使ってたと思うけど?」
 「あ」

 口を開けたままの間抜けな顔で、ナラルは固まった。
 その隙に、フェイルはナラルの手をはずし、服に入った皺を直す。
 なかなかフリーズ状態から回復しないナラルに、心配してカンナが声をかけた。

 「あの、ナラル?」

 それにナラルはびくりと肩を震わせる。
 恐る恐る振り返った彼女は、カンナの顔を一瞬見てすぐに下を向いた。

 しかし次の瞬間顔を上げて笑う。

 「あはは……ビックリさせちゃった? ボクの属性って火なんだよね!」

 魔力持ってるだけでもアレなのに参ったね! と頭を掻いた。
 横でフェイルがやれやれと溜め息をつく。
 そして、ナラルの頭にチョップを入れた。
 呻いて頭を押さえたナラルは涙目で相手を睨む。

 「何でそこで突っ込むのさ〜!」
 「下手だったからだよ」

 うぅ、と変な声を出してナラルは黙った。

 気まずい雰囲気。

 カンナはとりあえず、まだ押さえられたままのナラルの頭をその手の上から撫でてみる。
 するとナラルは驚いたように彼女を見た。

 「怖くないの?」
 「別に」

 カンナは短く答える。
 確かに驚きはしたが、怖くはなかった。
 ただ、皮肉な話だと思った。

 素っ気無い中に、カンナが本当にそう思っていることを読み取って、ナラルはえへへっと笑った。
 杖を構える。

 「じゃあ、いっきまーす!」

 そして呪文を唱えると、地面が盛り上がり階段のようなものができる。
 それは上まで続き、どうやら穴から出られそうだ。

 「すごいな」

 カンナはその続く先を見上げ、感心を込めて呟いた。
 なにしろ自分の属性ではないのに、これだけのことをやってのけたのだ。
 本人は一息ついただけで、疲れた様子もない。
 一同はそうして穴から出て、来た道を戻り遺跡から無事に脱出した。

 そして冒頭に戻る。







 「ねぇ、カンナはこれからどうするの?」

 ナラルは笑顔でカンナに尋ねた。
 久しぶりに浴びた日の光は真上にあり、まだ少し眩しい。
 カンナは何故そんなことを聞かれるのかわからず、しかし少し考えて答えた。

 「ナルレストに戻ろうかと思ってる」

 別に出戻りというわけではないが、この大陸も半分を回り、そろそろ一度顔見せに行ってもいいのではと考えたのだ。
 今まで倒した魔獣の賞金も、受け取らなくてはいけない。
 師匠は元気にしているだろうか、と少し第二の故郷とも呼べる場所に少し思いを馳せる。

 ナラルはポンッと手を打って、にっこりと笑った。

 「そうなの!? じゃあじゃあ、一緒に行かない!?」
 「へ?」

 カンナは珍しく驚きを声に出す。
 ナラルはカンナの両手を握り締めて、更に言った。

 「だってやっぱり、1人より3人、2人より3人だと思うでしょ?」

 最初と同じ台詞を言われ、カンナも思わず笑う。

 確かに誰かとしばらくいるのもいいかもしれないと思った。
 少し1人旅にも飽きてきたところだ。というより、やはり寂しいというのもあるのだろうか。

 「じゃあ、これからよろしく頼むな。ナラル、フェイル」

 その言葉に、ナラルはこちらこそよろしくね! と満面の笑みで頷き、フェイルも少し笑った。







 リルフィード村からカンナたちが去ったあと。
 活気の戻りつつある村の入り口に、人影が2つ。

 「なぁ……」

 背の低い方の人物が、もう一方に話しかけた。
 まだ若い。少年のようだ。

 「何ですか?」

 話しかけられた方は、やや笑みを含みつつも、丁寧な調子で答える。
 こちらはそれよりも年上。落ち着いた響きの少し低めの声だ。
 少年は、そんな相手の反応には頓着せずに、ただ目の前の活気づき始めた町を見て少し呆然としたように聞いた。

 「この村魔獣が出たって言ってなかったか?」

 聞かれた方は、その問いに至極あっさりと答えた。

 「あぁ、倒されたそうですよ」
 「何!?」

 驚いた少年は、勢いよく相手を振り向く。

 「つい昨日のことだそうです。――残念でしたね」

 そう口では言いながらも、声音はやはり笑みを含んでいる。
 相手の反応を楽しんでいるような、そんな感じ。

 「あ〜、まあいい。結果として倒されたんなら」

 しかし、少年は頭を掻いてそう答えた。
 相手の様子に腹を立てる様子もない。彼の笑みを含んだ声の調子は、常態なのだろうか。

 「どうしますか」
 「しょうがないな。一度城に戻ろう」
 「わかりました」

 魔獣がもういないなら、自分たちももうお呼びではないと。
 そう言うように、2人は踵を返した。

 ただ、少年は頭の後ろで手を組んでつまらなそうに呟く。

 「でも……あ〜あ、賞金少なかったし、絶対誰も来てないと思ってたのにな」
 「残念でしたね」

 返される声は、やはり少年の様子を面白がっているかのように、しかし少しの優しさと共に、笑みを含んでいた。

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