第8話「不気味さと直感」 第1章
「冒険の始まり」

 「そういえば、ナラルとフェイルはどうして一緒に旅をしてるんだ?」

 ふと前を歩くナラルにカンナは聞いた。
 初めて会ったときから気になってはいたのだが、昨夜のフェイルの話し振りからして、どうやら彼は何故ナラルが魔法を使えるか知っているようだったからだ。

 今もまた、先に続く道を捜索中である。
 たぶん仕掛けを解かないと先に進めないのだろうとわかってはいても、行きあうもの全てが罠。
 少しうんざりしていたから、思わず聞いてしまった。

 背中にフェイルの視線を感じるが、昨日の言葉には反していないからか咎められはしない。

 ナラルは首だけ振り返り、また前を向いて少し唸ってから口を開いた。

 「フェイルとボクは幼馴染なんだよ。同じ村で兄弟みたいに育ったの。
  それで、ボクが冒険者になるって決めたときに無理矢理ついて来てもらったんだよね」

 1人じゃ不安だったし、と苦笑しつつ付け加える。

 それはそうだろう。人間が魔法を使えるというだけでも異質なのに属性がアンレイルシア。
 周囲の反応が窺い知れる。
 でも、多分村に留まっていればそんなことは減ったはずで。

 「じゃあ、何で冒険者になったんだ?」

 聞けば、その瞬間ナラルは拳を握り締めて振り返る。
 またもトランス状態に入ってしまったらしいナラルに、カンナはやや気圧されながら後退った。

 「もっちろん! 正義を貫くためよ!!
  この国にはまだまだ魔獣や人妖のせいで困ってる人が後を絶たないんだよ?
  そんな人たちを助けるために、ボクたち冒険者はいるんじゃない!」

 茶色の瞳を輝かせ、彼女は意気込んで言う。
 カンナはその後ろに燃え盛る炎を見たような気がした。
 後ろからフェイルの呆れたような声がする。

 「どうでもいいけど、前方の警戒怠らないでよね」

 その言葉にナラルはハッと我に返り、慌てたように前を向く。
 そして無邪気にカンナに聞いた。

 「カンナは何で旅をしてるの?」
 「……旅をしろって、言われたからだよ」

 返答に少し間があく。
 しかし珍しく素直に答えたことに自分でも驚いた。まあこんなことを聞かれたのは師匠以来だけれど。

 その間に何かを感じたのか、ナラルはそれを誰に言われたのかまでは聞いてこなかった。




 しばらく歩いて、分かれ道に出た。
 あからさまに怪しい赤いボタンが、その間の壁に鎮座している。

 「………」

 しばし無言。
 あまりにもあからさま過ぎるそのボタンが、逆に妙な不気味さを醸しだしていた。

 「……何、これ」

 間抜けといえば間抜け。
 ナラルは呆けた声でそれだけを言った。

 「……罠、か?」

 カンナも半ば呆然としながら言う。

 今までの仕掛けはみんな、カモフラージュが施してあった。あった場所も天井や壁の端など一見してわからないところ。
 それなのに、突然いかにもなボタンが現れたのだ。警戒心を呼び起こすには充分過ぎて。

 「……罠だろ」

 フェイルが変な顔をしながら言う。
 どうやら内心では動揺しているようだ。

 「他に何か仕掛けがあるのかもしれない。このボタンは注意を逸らすものかも」

 最初の衝撃から復活したカンナが一応の提案をして、みんなでその部屋の隅々まで調べ始めることにする。
 幸いそんなに広い場所ではなく、すぐにそれは終わったが、

 「……無いね」

 どうやら仕掛けはあの赤いボタンだけらしい。
 一同はまた考え込んだ。

 「ボタンを無視して、分かれ道を先に調べる?」

 フェイルが意見を述べる。

 そうだな、とカンナは頷いた。
 危ない橋は渡らない方が無難。まずは2つの道を確かめて、続く道が見つからなかったときに押したほうがいいだろう。
 あんな怪しいボタンをすすんで押そうとは思わなかった。

 2人で目を合わせもう一度確認しあうように頷く。

 と、そこでナラルがすっくと立ち上がった。
 怪訝そうなカンナとフェイルの視線を無視して、分かれ道へと進む。

 「ちょっと、ナラル!?」

 嫌な予感を覚えフェイルが制止の意味を込めた声を投げるが、時すでに遅く、ナラルの伸ばされた指が赤いボタンに触れた。

 「道を進む必要はないよ。ここでボタンを押すから」

 ナラルは振り返らずに言う。
 そしてその伸ばした指に力を込め、押した。

 ゴゴゴゴゴゴ………

 途端鳴り始めた嫌な音に、フェイルはナラルの方へと駆けて、肩を掴み振り向かせる。

 「何やってるのさ!」

 怒鳴るフェイルに、ナラルは平然と、

 「嫌な予感がしたんだよね。ほらフェイル見てなよ」

 そう言って、足元に落ちていた拳大の石を手に取り、片方の道に投げた。
 一瞬後、その石は掻き消える。
 唖然とするフェイルに、ナラルは少し得意そうに言う。

 「ほらね?」
 「何でわかった?」
 「勘」

 フェイルは大仰に溜め息をつく。
 ナラルはそれを聞いて慌てて付け足した。

 「いやだってこっちは石とか枝とか落ちてるけど、こっちの道どっちも綺麗なものでしょ? 何かあると思って」
 「何もなかったらどうするつもりだったのさ。ボタンも押しちゃってるし」
 「考えてなかった」

 あっけらかんと言うナラルに、フェイルは呆れて肩を落とすが、それ以上は何も言わずにカンナの方を向く。

 「カンナはこれから何が起こると思う?」

 ゴゴゴゴゴゴゴゴ…………

 音はまだ続いている。
 地面がグラグラと揺れ始めていた。
 ピシッという不吉な音と共に、亀裂が入る。

 「言うまでもないな」

 これらの状況から導き出される答えはただ1つ。

 「冷静だね」
 「足掻いても仕方がないだろう?」

 フェイルはカンナの言葉にうんうんと頷くナラルの頭を軽くはたいて、再び嘆息する。

 「まあその通り、か」

 その瞬間床が崩れ、カンナたちの体は一瞬中に浮き、そして落下した。

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