第7話「夜と言えないこと」 | 第1章 「冒険の始まり」 |
カンナの杖の先で「ライト」の光が灯っていた。
遺跡の暗闇をほのかに照らし出す。
その光に、眠っているナラルとフェイルの顔も薄く照らされている。
カンナは周囲を警戒しながらも、その様子を眩しそうに眺めていた。
ぼんやりと、目の前にある行き止まりを見る。
ナラルが怒りに駆られて殴りつけた跡が残っている、10番目の行き止まり。
明日もまた、次の道を探しながら歩き回らねばならないと思い、カンナは自然溜め息を漏らした。
杖の先に灯る魔法の光に目をやれば、それは確かに自身の魔力の存在を示していて。
普通人間は魔力を持たない。
それなのに自分にはそれがあって、今までそれで煩わしい目にもあった。
こんな迷惑のものを自分に渡した観察者を恨んだこともある。
確かに自分がすぐに旅に出るには魔導師が一番手っ取り早かったし、この力のおかげでたった6年で旅に出れたのだけど。
しかしここにはナラルもいる。
自分と同じ魔力を持つ人間。
何故そんなことになったのかは知らないが、きっと同じように複雑な事情があるのだと思う。
だから聞かない。
自分だって聞かれても答えようがないのだ。
違う世界から来ただなんて聞いて、誰が信じるだろうか。
少なくともこのメンバーの中なら、自分が特異視されることはないはずだった。
「交代の時間だよ、カンナ」
いつの間に起きたのか、フェイルが上半身を起こしながら言った。
もうそんな時間が経っていたのか、とカンナは驚きながらも頷く。
いつ闇に属するものが襲ってきてもいいように、交代で見張りをしていたのだ。
今のところそんな兆候は少しもなかったが、用心にこしたことはない。
フェイルはカンナの杖に灯る光に目を細めた。
「本当に魔法が使えるんだね」
カンナは先程ナラルと交代したために、フェイルはカンナが魔法を使っているところを初めて見たのだ。
「信じてなかったのか?」
カンナは少し悪戯っぽく聞く。
フェイルは寝袋から抜け出して地面に座った。
「あいにくと自分の目で見たものしか信じない主義なんだ。
少なくとも初対面の相手に、自分は魔法が使えます人間だけどって言われて素直に信じられると思う?」
そのフェイルの口調にカンナは少し笑った。
「確かにそうだな。私も、ナラルがただ魔法が使えると言っただけならとても信じられなかっただろうし」
「そういうこと。って言っても、まあわかってたけどね、最初から。カンナが魔法を使えるってことは」
「え?」
どういう意味かわからずカンナは首を傾げる。
今度はフェイルが悪戯っぽく言った。
「その左手」
「……っ!」
咄嗟に意味がないと知りながらも左手を隠すカンナに、フェイルは可笑しそうに笑う。
「詳しいことは聞かないよ。
でも、代わりに聞かないでよね。ナラルが魔法が使える理由」
最後だけは少し真面目さを織り交ぜて言ったその言葉に、カンナは意図を悟ってクスリと笑った。
途端にフェイルは少し顔を顰める。
「何さ?」
「いや? 実は優しいんだなと思って」
そう言われ、フェイルはバツが悪そうにそっぽを向く。
そして言った。
「さぁもう寝なよ。次は僕の番だし」
ああ、と頷きかけてカンナははたと気づいた。
灯りはどうするのだろうか。フェイルは魔法が使えないのに。
そんなカンナの心配に反して、フェイルはごそごそとランプを取り出した。
旧式の、実際に炎を灯すものだ。しかしそのあとに続くはずの、火をつけるものがない。
どうするのだろうとカンナが見ていると、フェイルは眠っているナラルを揺り動かした。
「……ん……フェイル?」
「ナラル、火つけて」
「ん、OK」
そう寝ぼけた声で言って、寝袋から握っていた杖の先を出して呪文を唱える。
次の瞬間ランプには火が灯り、カンナの杖の光に負けないほどに輝いた。
「ありがと」
「ん……」
ナラルはそれだけ答えるとまたもぞもぞと寝袋に潜り、すぐにまた規則正しい寝息が聞こえ始める。
フェイルはランプを地面に置き、カンナのほうを見遣って苦笑した。
「カンナのその反応は至極正しいと思うよ」
カンナは驚きのあまり口が利けずに固まっていた。
しばらくして復活し、内心頭を抱えながらフェイルに聞く。
「今のは……火の魔法だよな?」
「見た通りそうだね」
フェイルはあっさりと頷く。
カンナは思わずフェイルに詰め寄った。
「何でレイファーミナの住人が火の魔法を使えるんだ!?」
魔法といっても全てが使えるわけではない。
属性があり、人によって得意なものや苦手なものもある。
しかし光の力を持った人間に創られたレイファーミナの住人は、持てる属性が光と水と風と雷だけなのだ。闇の力を持った人間に創られたアンレイルシアの属性である、闇と火と地と樹の魔法は使えない。
「理由は聞かないでよねって言っただろ」
フェイルに言われ、グッと詰まる。
「……でも!」
それでも尚食い下がろうとするカンナに、フェイルは少し冷たい声音で言う。
「じゃあカンナは魔法が使える理由を聞かれて困らない?」
そう、自分もそう思って先程追求はやめようと決めたところだ。
それを思い出して思わず黙り込むカンナに、フェイルは嘆息して言った。
「そういうことだよ。誰にだって言いたくないことはある」
その場にしばらく沈黙が流れた。
カンナがぽつりと聞く。
「じゃあ何で私の前で魔法を使わせたんだ? 火種なら私が持っていたのに」
その言葉にフェイルは呆れたように答えた。
「馬鹿だね。魔獣との戦闘では絶対ナラルは魔法を使うんだよ? そこで初めてそれを見て、今みたいに固まられたら困るじゃないか」
フェイルの言葉はいちいちもっともで、カンナは頷くしかなく。
「わかった……じゃあもう私は寝る。見張りよろしくな、フェイル」
そう言って、自分の寝袋に入ったのだった。