第5話「冒険者、2人」 | 第1章 「冒険の始まり」 |
カランカランカラン……
扉が開き、カウンターの向こうに立つ酒場の主人はその方向にちらりと目を向けた。
次の瞬間少し目を見張るが、すぐに何もなかったかのように視線をそらす。
そんな反応にも頓着せず、1人の少女が店内に入った。
年のころは大体17,8歳ほどだろうか、まだ幼い顔つきに、冷めた光を宿した目が妙に似合っている。
その少女は慣れた足取りでカウンターに近づき、椅子の1つに腰掛けた。
その様子を一瞥した酒場の主人は、この場所には少し若いと思われるその客に一声かける。
「ご注文は?」
「ここの近くに『遺跡』があると聞いてきたんだが……」
やはり、と主人は内心で独りごちた。
その隙のない身のこなしは、王国兵か冒険者ぐらいのものだ。
ありがたいことだ、と思いながら食器を再び拭きはじめて言う。
「そこに貼り紙があるでしょう。そこに全部書いてありますよ」
その言葉に少女は傍らの壁に目を向ける。
いろんな場所にある数多くの酒場と同じように、その壁は情報で溢れていた。
そこに貼ってあった紙の1枚を手に取り、読み始める。
「ねぇ君。魔獣を倒しに行くの?」
突然かけられた声に少女は紙から目を離した。
視線を上げると、そこには男女の2人連れ。
そのうちの少女の方がニカリと笑った。
「ボクたちもそうなんだっ! 良かったら一緒に行かない?」
少女が思わず怪訝な目を向けると慌てて、
「あっ、ボクの名前はナラル。こっちのはフェイルね」
と後ろの男性を親指で指しながら言う。
君の名前は? と尋ねられて、
「カンナだけど……」
と、少女――カンナは答えた。
カンナね、とナラルは頷いてもう一度言う。
「ね、カンナ。この魔獣を倒しに行くんなら一緒に行こうよ。1人より3人、2人より3人、でしょ?」
それを言うなら1人より2人、2人より3人ではないだろうか。
しかし、この状況にはその言葉も不思議と当てはまる気もする。
カンナの脳裏にずいぶん前に聞いた言葉が甦った。
『魔導師の主な役目は後方支援。
誰かと組んで旅をしなければなりませんから。たとえ嫌でもね』
確かに今までも酒場で適当に臨時のパーティを見つけてそこに入り、魔獣を倒して賞金を稼いできた。
しかしこの酒場には、その今まで行った酒場と違って客がほとんどいない。
閑散とした店内には、見る限りこの2人連れぐらいしか冒険者はいなかった。
何故だろうか……、とカンナは内心で首を傾げる。
ナラルはその疑問に答えるかのように言った。
「本当はもっと大勢のほうがいいんだけど、なんかちょっと離れたところの遺跡に出た魔獣の方に皆流れちゃってるんだよね」
そっちのほうが賞金がいいらしくって、と苦笑する。
あぁ、とカンナは頷いた。
その話は聞いている。ただ自分はゆっくりと旅をしていたので、きっと間に合わないなと思い、こちらの村に来たのだった。
だが、そんな状態なら結局はこちらの遺跡のほうが賞金の配当は高くなるだろうな、と思う。
しかしそれでは、何故ナラルたちはこんなところにいるのだろうか。
その疑問を口にしようとナラルのほうを向けば、当のナラルは何かに悶えるように身を震わせていた。
「そんな賞金の良し悪しなんかで倒す魔獣を決めるだなんてっ! 絶対何かが間違ってるよ! この村の人たちのことを誰か考えなかったの!?」
カンナがその様子に目を丸くしていると、横でずっと黙っていたフェイルが溜め息をついてナラルに声をかけた。
「ナラル……引かれてる」
その言葉にナラルはバッとカンナのほうを向いた。
驚いて少し体を引くカンナの両手を握り締め、ナラルは目を輝かせて言う。
「本当は少しは予想してたの。だからこそこっちに来たんだし、いなかったらいなかったで2人で行けばいいと思ってた……。
でも君がいた。ここにも正義を見失わない人がい――」
そこまで言ったナラルの頭に、チョップが見事にきまる。
「いい加減にしなよ。仲間に誘ってるのか宗教に誘ってるのかわかりゃしない」
「痛いよフェイル……」
「当然だろ。痛くしたんだ」
頭を押さえるナラルに素っ気無く言って、フェイルはカンナのほうを向いた。
「ごめん。悪気はないんだ。我を失うと止まらないだけで」
「いや、別に気にしない」
「それは良かった。
で、話の続きなんだけど、一緒に行かない? こいつの話じゃないけど、大勢いたほうが楽だし」
カンナは頷いた。
自分はパーティに入っていないと危険だということを、師匠から学んだこと、そして経験から嫌というほど知っている。
ナラルは嬉しそうに笑って言った。
「ありがとう! あ、今更に聞くけど、ボクは魔闘士でフェイルは射手。君は?」
「魔闘士?」
聞きなれない単語に思わず聞き返す。
そこには、初対面の相手に自分が魔力を持つことを告げることに対する躊躇が混じっていたことも確かだった。
その言葉にナラルは少し笑って、魔法具から自分の武器を取り出す。
イメージで言えば、月の形に似ている刃が長い棒の両端についている感じだろうか。
なんとも変わった武器だ。
おそらくは特注であろうその武器を握り、ナラルは呪文を唱えだす。
先端に光が灯った。もっとも単純と言われる「ライト」の魔法。
「ボク魔法が使えるんだよね、人間だけど。でも、この武器から見てもわかるように近距離でも戦える。あ、正確には中距離ね」
だから魔闘士、と言うナラルに、カンナは内心で驚く。
魔法を使える自分がこんなことを思うのもなんだが、人間に魔法は使えないというのが、この世界の不文律だ。
それを何らかの理由で破ってしまったということか。
カンナの心から躊躇いが消えた。
「そう……。
私は魔導師だ。魔法使いが2人になってしまったな」
普通、パーティには魔法使いは1人いればいいほうだ。
魔力を持つものの絶対数が少ないせいなので仕方がない。
それなのに一番普及しているはずの剣士がいなくて、魔法使いが2人。なんともバランスの悪いパーティだ。今この場に他に冒険者がいないのが、今更ながらに痛かった。
カンナの申告にナラルは目を丸くする。
驚きを顔に出すなんて、なんて素直なのだろうか。
「へ〜! 珍しいね、君も人間なんでしょ?」
しかも口にも出す。
それでいて不思議に腹が立たなくて、カンナは頬を緩めた。
そんなカンナに、ナラルはあっと声を上げた。
「やーっと笑った! うふふふ、笑ったほうが可愛いね。
それじゃ、これからよろしくね、カンナ」