第4話「旅立ち」 序章
「夢の終わりは」

 「次はですねぇ……」

 カンナはすっかりげっそりとして、その話を聞いていた。
 確かにこの幼い少女には少し酷な長さだっただろう。それでもまだこの世界に存在する種族と境界の説明という、必要最低限のものだったが。
 一般常識というのは普通生きて育っていくうちに徐々に培われていくもので、こんな短時間に教え込もうというほうが無理なのである。

 「あ、そうそう通貨はこれです。ここには一種類ずつしか持ってきていませんが……。単位はログ。この銅貨が1ログ、この銀貨が1000ログ、この金貨が100000ログです。これは基準通貨で、他にも大きさによって額が違います。大体、10000ログで1ヶ月暮らせるぐらいの額ですね。
  遺跡などで魔獣や人妖を倒して、その証拠をナルレストにある冒険者組合の本部に持っていくと賞金がもらえます。で、それを生業にしている人を冒険者といいます。旅をするなら、この職業が一番いいでしょう」

 観察者は銅貨、銀貨、金貨を1枚ずつ取り出しながら言った。
 そして、

 「最後に……」

 どうやらこれで最後らしい。随分偏り、不充分な説明だった。
 何か考えでもあるのだろうか。

 カンナはほっと息をつき、顔を上げる。
 観察者は今までの雰囲気を消し去り、ひどく真面目な顔でカンナを見下ろしていた。

 「カンナさん。貴女はもしかしたら勘違いをしているかもしれない。異世界から来た自分は、この世界の、この物語の主人公なのではないかと。
  だから今、ここではっきりと言いましょう。
  貴女は、主人公ではない。この世界の主人公は別にいる。もしかしたらその主人公と一緒に旅をするかもしれないけれど、もしかしたらすれ違うだけで終わってしまうかもしれない脇役に過ぎない」

 とても残酷な言葉だった。
 そんな少女を巻き込んだのは、観察者自身だというのに。
 だがそんなことは、観察者もわかっているのだろう。
 カンナが反論しようとしてか口を開く。
 しかしそれを遮って、観察者は続けた。

 「だからこそ、簡単に死んでしまうことだってありえるのだということを知っておいて欲しいのです。貴女にはできれば死んで欲しくないので。……これでも心配して言ってるんですよ?」

 その言葉に、カンナは口を閉じ黙り込む。
 そんな少女の様子に観察者はクスリと笑って、彼女の背中をバシッと叩いた。

 「何いじけちゃってるんですか! 元気出してくださいよ! ほら、最初の一歩を踏み出すんです!」

 カンナはもう一度観察者を見上げる。
 こくりと1つ頷いて周りを見回した。
 そして最初の一歩を踏み出す。

 草原しか見えない地平線のその向かう先にあるのは、森。
 町のある方角と反対側に歩き出した少女を、観察者は止めない。
 何か考えがあるのだと、信じたかった。



* * *



 次第に遠くなっていくカンナの背中。
 完全にその姿が見えなくなったのを確認して、つけていたサングラスをはずしフードを脱いだ。
 視界に銀色の前髪が映る。
 この色を見られるわけにはいかなかった。だからわざわざ隠していた。
 髪の毛の色は百人百様だ。銀色も珍しいがないわけではないだろう。目立つから隠していただけで。
 しかしこの目の色は。
 先程少女にした話には出てこない紫色をしているから。

 もうここにはいない少女に向かって呟く。
 少しでも自分の罪悪感を紛らわそうとして。

 「でもカンナさん忘れないでください。貴女は貴女の物語の主人公だ。簒奪者は貴女の存在に気づいている。これから長く辛い旅になるでしょう。
  関係のなかったはずの貴女を巻き込んでしまってすみません……。それでも……それでも私は……」

 先程少女にはああ言ったけれど、きっと彼女はこの物語に大きく巻き込まれるだろう。
 そのために、連れて来たのだから。
 目を伏せ唇を噛み締めて、手を振るとそこには神官の錫杖が姿を現す。
 それを一振りして、空間転移の魔法を紡いだ。



◆ ◆ ◆



 焦ってつまずきそうな足を必死で動かしていた。
 道に迷ってしまった。しかも危険だと言われた森の中で。
 いや、迷ったというのはおかしいのかもしれない。森の中には道などなく、自分自身どこに向かえばいいのかわからなかったから。
 だが草原を抜けても森しかなかったのだ。反対側に行けばもしかすると人のいるところに出たかもしれなかったが、もうだいぶ森を進んでしまった今となっては逆方向に歩く元気はなかったし、来た道ももうわからない。
 すぐに抜けられると思ったのが甘かったのだ。
 やっぱり観察者に人のいる場所まで送ってもらえばよかった、と今更ながら後悔する。
 溜め息をつきながら周りを見回した。

 どこかで草がガサガサと鳴る。獣の吼え声も聞こえてくる。
 一瞬身震いがして、それを振り切ろうと急ぎ足になった。

 と、目の前の地面に影が落ちた。
 嫌な予感がして目を上げると、最初に映ったのは紅い瞳。

  グルルルルオオォオォォオンッ!!

 もうだめだ。
 観察者の言葉が頭をよぎる。
 ぎゅっと目をつぶってその場に蹲った。

 NEXT or BACK