第27話「宿場町、その一角で」 第4章
「歌姫の詩」

 3日ほど歩いて、やっと一番近い町に着いた。
 森の出口から一番近いところにあるために冒険者が多く立ち寄る町であり、それゆえヴァンガード領の端に位置していてもそれなりに大きく、店や宿屋が多く建ち並んでいる。

 「え!?」

 その宿屋の密集地帯の一角で、素っ頓狂な声が上がった。
 ユーキは驚きと疑問を器用に同居させた表情で、ホーリックを見る。

 「当たり前でしょう」
 「何でだよ!?」

 ホーリックに詰め寄るユーキを困ったように見ながら、カンナは苦笑した。
 何で、と言われても……気づかないのだろうか。
 妙なところで抜けているのは相変わらずのようで、少し嬉しい。

 「ユーキ様……」

 ホーリックは呆れたように息を吐くと、ユーキの頭から爪先へゆっくりと視線を動かす。
 それにつられてユーキも自分を見て、そしてあっと気づいた顔になった。

 「わかりましたね?」
 「……わかった。けどっ、だったら着替えればどうにか!」
 「なりません。町に入った時点で伝令が行っているでしょう」

 何しろユーキが着ているのは軍服で、ほとんどの兵が配属された土地で一生を終える中、各地を移動するものなど数えるほどしかいないのである。
 おまけに第一級騎士の制服は、見る人が見れば一目でわかるつくりをしているのだ。

 「じ、じゃあ姉さんが軍舎に……」
 「ユーキ様……」

 ホーリックは心底嘆かわしげに首を振る。

 「一般の方を、招くだけならともかく泊めるなんてできるわけないでしょう?」
 「姉さんは姉さんだぞ、俺の!」

 ムッとするユーキに、ホーリックは少しだけ苦笑して諭すように言った。

 「姉であろうがそんなものは問題ではないんです。わかりますね?
  カンナさんは軍人でも神官でも文官でもないんですから」

 ユーキは黙りこむ。
 2人のやり取りを困ったように見ていたカンナはその様子に心配して、俯くユーキの顔を覗きこんだ。
 その瞬間ユーキがバッと顔を上げ、カンナは驚いて一歩後ろに下がる。

 「じゃあ陛下にお許しをいただけたら問題ないな! 王都に着くまでは町に入る前に俺が着替えればいいわけだし!」

 今日はしょうがないから我慢するけど、とユーキは副官を同意を求めるように見るが、ホーリックは疲れたようにこめかみに手をあてていた。

 「ユーキ様……フェイルさんに言ったことを忘れたんですか?」
 「へ?」
 「2つの視点から探すために、カンナさんたちも一緒に行くんでしょう?」

 その意味を自分で否定してしまってどうするんです、とそこまで言って、ショックを受けたように固まったユーキに仕方ないですねぇと苦笑する。
 パンッと手を叩くと、ユーキは少し瞬いた。

 「野宿のときは一緒なんですから、町の中くらいは我慢してくださいね?」

 今日じゃなくてこれからも、とホーリックが言うと、ユーキはキッと顔を上げる。

 「でも、その間姉さん1人になっちゃうんだぞ?」

 その言葉にホーリックは微笑んで、目を丸くしたカンナを見やった。
 フェイルたちがいるなら、ここまで言わないけどさ、ときまり悪げに下を向くユーキに、ホーリックはカンナに言う。

 「だそうですが、カンナさん?」

 その視線に促されて、カンナはユーキに言った。

 「ナラルたちに会うまでは1人だったんだし、心配しなくても大丈夫だ。気にするな」

 それは、ホーリックに促されたとはいえ本当のことだったが、ユーキは顔を上げてもなお疑わしそうな目をしている。
 そんな弟に、カンナは慣れないことではあったが、安心させるように頷いて見せた。
 ユーキはまだ何か言いたげだったが、カンナとホーリックの顔をしばらく見比べたあと、諦めたようにため息をついた。

 「姉さんがそう言うなら……いいけどさ」
 「本当はそれだけじゃないでしょう、ユーキ様?」
 「なっ余計なこと言うなよ!」

 クスクスとからかい混じりなホーリックの言葉に、ユーキは真っ赤になって怒鳴る。
 ちらりとカンナを見て目があって、更に赤くなって下を向いた。
 首を傾げるカンナに、ホーリックは笑いながら囁いた。

 「半分くらいは、お姉さんと離れがたかったようですよ」

 つまり先ほどの理由は半分だということか。
 ホーリック!! と叫ぶユーキに、呼ばれた本人は大して気にした様子もなく微笑む。

 「ではユーキ様、軍舎に着くのが遅くなると心配して迎えに来るかもしれませんし、早く行きましょうか」
 「ホーリック!」

 ユーキはまた不満に声を上げたが、数秒ホーリックを睨んで無駄だと悟り肩を落とす。

 「……じゃあ姉さん、おやすみ。また明日迎えに来るからな!」
 「ああおやすみ。……えっと、ホーリックさん?」
 「何ですか?」

 さっきの言葉が妙に引っかかって呼び止めたカンナに、ホーリックは振り返る。
 ホーリックが先に言っているようにユーキに言って、ユーキは機嫌を10°ほど傾けたように顔を顰めると、しかしわかったと言って軍舎のほうへと歩いていった。
 その様子を見送って、ホーリックはカンナに向き直る。

 「で、何ですか? カンナさん」
 「護衛じゃなかったか?」

 呼び止めておいて何だが、そしてユーキがいて進むような話題だったかと聞かれるとそうでもなさそうだったが、一応ホーリックはユーキの護衛でもあると言っていたように思う。
 ホーリックはこともなげに言った。

 「ああ、本当は護衛なんて必要ないんです、ユーキ様には」
 「……どういうことだ?」

 カンナは驚いて聞き返す。

 「第一級騎士は、それくらいでなければ務まりませんから。私がついているのは、他の理由です」

 ホーリックは微笑む。
 他の理由、それを聞いても答えてくれなさそうだと、カンナは思った。

 「それで、何故私を呼び止められたのですか?」
 「あ、ああ何で私が本当の姉だって、信じられるんだ?」

 気を取り直して、聞きたかったことを言う。
 先程ホーリックはカンナのことを「お姉さん」と呼んだ。
 確かにカンナはユーキの姉であるが、それを示す証拠はない。
 姉弟であるのだから双子とはいえ似ているともいえない。
 それなのにどうしてすんなり受け入れてしまえるのか。
 最初はユーキがそう言ったから、疑いながらも黙っているのかと思った。
 しかしそれならさっきの言葉は?
 もしかしたらユーキに気を使ったのかもしれないが、それでも気になった。
 ホーリックは一瞬目を丸くして、思わず言ったように笑った。

 「今更ですね」
 「さっき『お姉さん』って言っただろう?」
 「ああ、なるほど」

 ホーリックは頷く。
 ふむ、と少し考えて、そしてカンナに言った。

 「別にカンナさんがそうだと言われたから、信じたわけではありません」
 「え、じゃあ……」
 「ユーキ様が姉だとおっしゃられましたから。だからカンナさんはユーキ様の姉なんでしょう」
 「そう、なのか?」

 偽者なのかもしれないのにそれだけで? とカンナは首を傾げる。
 そうですよ、とホーリックは微笑んだ。

 「本当だとか本物だとか、そんなことは関係ないと私は思っていますし、重要なのはユーキ様がどう考えるかでしょう?」

 それでも、まだどこか異論のありそうなカンナの様子に、ホーリックはユーキの去ったほうを見やって言った。

 「たとえば貴女がユーキ様が騙そうと姉の振りをして近づいてきたのだとしても、ユーキ様はそれほど弱い方ではありません」
 「い、いやそんなつもりは」

 ないぞ、とカンナが言おうとするのを例えですと遮って、ホーリックは続ける。

 「わかってますよ。貴女が姉だと最初に言ったのはユーキ様でしたし、何年も離れていたのにそれがわかったのはたぶん見覚えがあるということでもないのでしょうから」

 それが一番の理由ですかね、とホーリックは言った。
 カンナは絶句して、ホーリックの顔を見つめる。
 回り道には何の意味があったのか。
 ホーリックはしかしその視線にも涼しい顔をして、それを見てカンナはクスクスと笑った。
 可笑しいわけではなかったが、何となくホーリックの人となりが見えたような気がして。

 「納得した」
 「それは良かった。では私は軍舎に行きますね」
 「ああ、呼び止めて悪かったな。……そうだ、もう1つ」

 カンナは思い出したように、ホーリックを見上げる。

 「ホーリックって呼んでもいいか? 私も呼び捨てで構わないから」
 「ええ勿論いいですよ。それではまた明日」

 ホーリックは微笑んで答える。

 「何もないとは思いますが、お気をつけて」

 え、と目を見開くカンナに、ホーリックは背を向けた。
 カンナは首を傾げつつ、宿屋の扉を開いた。

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