第26話「しばしの別れ」 第3章
「中立都市ナルレスト」

 船に乗り、何事もなく森を抜けた。
 ナラルはまたも船酔いに襲われたが例によってすぐ回復し、森も行く道とはうって変わって静かなものだった。
 そして森の出口。
 ヴァンガード領では一つ一つの町や村が離れて存在しているため、地方自治の色合いが濃い。
 ただ森が少ないために行き来もしやすく、何十日かに一度、ヴァンガード家において各町や村の代表者の集まりがあった。
 もともと人口に対し領地が広いためもあり、森の近くに人は住んでいない。
 おかげで森から出て目の前に広がるのはまず草原であり、地平線が見渡せる。
 ただ、人が歩くために草が生えなくなった道が長く長く延びていた。
 この道はヴァンガード領主都アイレネアを通り王領へと入り、王都エアリアルへと続いている。
 そしてもう1本、こちらは森に沿うように、細い道があった。

 「じゃあ僕たちはこっちだから」
 「また王都でね!」
 「ああ」

 カンナの声が心持ち沈む。
 昨日アールに言われたことを思い出したからだ。

 『何か言ってやれればいいんだが……悪いな、何かが邪魔してるみたいで何も感じないんだ。気をつけろよ』

 その言葉はナラルはフェイルにも向けられていた。
 だがそれを聞いてもなお、2人はカンナに王都へ行けと言う。
 そして、カンナはわかったと頷いたのだ。
 カンナの不安を笑い飛ばすようにナラルは言う。

 「もう、そんな顔しなくても大丈夫だって! すーぐ追いつくからさ」
 「そっちも王都に行くんだ。何もないとは思うけど……魔力のこととかさ」

 心配されるのは嬉しい。
 それだけ思われているということだから。

 「そのことだったらまあ心配しなくてもいいだろ、俺もいるし。それよりさ、そんなに急ぐなよ。聞きたいこともある」

 ここなら他に誰もいないし、とユーキは草原に座る。
 カンナたちも首を傾げたものの、フェイルはナラルをちらりと何かを抑えるような目で見て、大人しく座った。

 「で、聞きたいことって?」
 「まずさ、フェイルたちは特殊部隊が何の目的で動いてるか知らないだろ?」
 「まあね」

 座るなり聞くフェイルに苦笑しつつ、ユーキは確認する。
 いや確認ですらない、単なる会話の導入だ。
 一般人である彼らが、軍の機密事項を知っているはずがない。

 「俺としてはぜひとも協力してほしいんだ。腕が立ちそうだし、あんまり取り乱しそうにもないし、折角姉さんにも会えたし、それに珍しくホーリックも何も言わないしな」

 指折り数えて、最後にちらりと斜め後ろの副官を見た。
 最後の確認。何も言わない。
 また3人に向き直って、本題に入る。

 「ナルレストでも大変だったろ? 規模はあれより小さいけど、このところ魔獣が平原に頻繁に出没するようになってるんだ」

 ナラルの肩がピクリと反応する。
 訴えるようにフェイルを見るが、フェイルはそれに小さく首を振った。
 ユーキの一番近くにいるカンナは、それに気づかない。

 「で、さらに神託が下りた。1年に一度の宣告の儀で。あの有名な一節だ、『再び混沌を愛し――』」
 「『――破滅を望むもの現れ』か。大層なお告げだね」

 フェイルが言葉を引き継ぎ、皮肉げに言う。
 ユーキは少しムッとした調子で言った。

 「だけど今まで宣告の儀での神託が外れたことはないんだ。魔獣の襲撃も妙に統率が取れてるし、普通群れで動かない魔獣に集団で襲撃された例もある。操ってるやつがいるんだ」
 「ふ〜ん。で、それとあんたの任務との関係は?」

 フェイルはナラルの膝の上で白くなるまで握り締められた拳を横目で見て、結論を急がせるように聞く。
 ユーキは少し眉を上げて答えた。

 「あの一節は混沌を愛し破滅を望む者、つまり魔王を予言したものってだけじゃないだろ? 俺たちは神の力を得し者を探してるんだ」

 つまり勇者だな、とユーキは言う。
 カンナは目を丸くした。
 話が思いの外大きかったのは、ユーキの立場からすれば納得できないこともない。
 だが――

 「神?」
 「そうだよ姉さん。神の力を得し者、神に選ばれし者」
 「比喩か?」

 ユーキは見る見る呆れ顔になったが、カンナはきょとんとした表情のままだった。
 もともと神を信じる心というものが培われる土壌に育っていないのだ。
 元の世界にあっても、その周辺の多くの人がそうであったようにカンナの家も無宗教を標榜していたし、アールの家にあっても、宗教的行事とは一切縁がなかったからである。

 「カンナさん、神はいますよ」

 そう言ったのはホーリックだった。

 「私が神官だからこういうことを言うのだと思われるかもしれませんが、実際ユーキ様がおっしゃられるとおり、神託は過去一度も外れたことがありませんしね。
  別に神を信じよ、と言っているわけではありません。ただ、神は存在する、ということを知っておいてください」

 ホーリックは笑顔だったが、何故かカンナは抗えない何かを感じて思わず頷く。
 それを見て満足したように1つ笑うと、上官にその場を返した。
 ユーキは1つ溜め息をついて、また話し出す。

 「とにかく、だからさ、姉さんたちにそれを協力してほしいんだ。
  旅をやめろって言ってるわけでも、冒険者をやめろって言ってるんでもない。えーっとつまりだ……」
 「一緒にってことだな」

 カンナが言葉を繋ぐと、ユーキはこくこくと頷いた。

 「でもさ、協力って情報収集だろう? 手分けしたほうが早いんじゃない?」

 尋ねるフェイルに首を振る。

 「いや、情報源が重ならないなら、一緒のほうが早い」
 「ふ〜ん、わかった。じゃあ僕たちは行くね。つまりこれから行くところでも聞いとけってことだろ? それとなく」
 「話が早くて助かる」

 フェイルが立ち上がって服の埃を払う素振りをするのと同時に、ナラルもぴょこんと立ち上がった。

 「じゃあカンナ、また王都でねっ」
 「ああ、ナラルたちも気をつけて」

 ナラルはにっこり笑うことで返事に代える。

 「悪かったな、引き止めて」

 ユーキが頭を下げるのに気にするなと手を振って、フェイルのほうを見た。

 「よし、行くよフェイル!」
 「はいはい。またねカンナ、ユーキとホーリックも」
 「ああ」

 カンナは頷いて2人を見送る。

 「姉さん、俺たちも行こう」
 「そうだな」

 向かうは王都エアリアル。
 だがその前に、走鳥の調達だった。


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