第24話「距離と変化」 第3章
「中立都市ナルレスト」

 「じゃあ先に行っててよ。僕とナラルは組合に寄ってから行くし」

 報酬の事を聞いてくるからさ、とフェイルは言って、ナラルは少し不満気に頬を膨らませた。

 「何で〜? ボクもカンナと一緒に行きたいよ」
 「あのねぇ……」

 フェイルは呆れたように眉をやや顰めて、ナラルの耳に何事かを囁く。
 すると途端に顔をパッと明るくして、ナラルは頷いた。

 「なるほど! そういうことね! じゃあカンナ、ボク達はあとから行くから!」
 「え? あ、うん」

 カンナは意味もわからないまま頷く。
 あとでね〜! と手を振って組合のほうへ向かうナラルたちを曖昧に見送ると後ろから手を引かれ、振り返ると弟が笑っていた。
 兵は先に帰したのか既に周りにはおらず、冒険者の影も組合への道に消え、今ここにはカンナとユーキ、そしてホーリックしかいない。

 「姉さん、冒険者なんだな」

 商人街を軍舎に向けて歩き出しながらユーキは言った。

 「ああ。……魔導師なんだ」

 それを告げる直前一瞬だけ心臓が高く鳴る。
 ユーキは驚いたようにカンナを見た。

 「本当に……?」
 「うん」
 「ふ〜ん……でもさ、不老だったり成長遅かったりするわけじゃないだろ?」

 カンナは頷く。
 するとユーキは表情を緩めて軽く言った。

 「じゃあ大したことじゃない」
 「そうなのか?」
 「うん。不老とかだったりしたら羨ましいと思うけどさ。魔力がなくても俺には剣があるし、それに……」
 「それに?」

 ユーキはそれには答えなかった。
 代わりに別の問いを発する。

 「姉さんはいつこの世界に来たんだ?」
 「え、いやその……」

 カンナは驚いてすぐ傍を歩くホーリックをちらりと見る。
 ユーキはそれを見て笑った。

 「そいつは俺がこっちに来たとき、その場にいたから」
 「そうなのか?」
 「うん。俺が落ちたのは神殿だったんだ」
 「私は草原だった。7年前だ」
 「そっか……」

 少し沈黙が落ちる。
 それは、2人の間にある埋めようもない時間を表しているようにも思えた。
 2人はそれぞれ離れている間にそれぞれの世界を形成している。
 それは決して小さなものではなく、だからこそ今いくら語ろうとも全てを共有できるわけではないのだろう。

 「探してたって言ってたよな」
 「ああ。でも何時か会えるとも信じていた。
  だから……そうだな、探すようなこともなかったが探していた。元気にしてたか?」
 「勿論!」
 「なら良かった」

 カンナが微笑むと、ユーキはきまり悪げに頬を掻いた。

 「どうした?」
 「何か……姉さんは俺がいること知ってたのに、俺は姉さんのこと知らなかったなんて、何か不公平だよなぁ……」

 ムゥとやや上方を睨みながらユーキはぼやく。
 カンナはそれだけで充分嬉しい。

 「気にするな。私にも確信があったわけじゃない」
 「う〜んでもなぁ……」

 ユーキはまだどこか不満そうだ。
 カンナは笑みを深めて、記憶にあるより幾分高くなった弟の肩を軽く叩いた。
 それからも近況や諸々を話しながら軍舎につく。
 途中軍舎や住宅街に避難していた人とすれ違い、そのときのユーキの柔らかく微笑んだ顔を見て、カンナは彼の今を垣間見たような気がした。







 「姉弟水入らずっていいこと言うね、フェイル!」

 ちゃんと話せるといいんだけど、とナラルはカンナに背を向けると既に2、3歩分離れていたフェイルに追いついてナラルは嬉しげに笑った。
 それを横目で確認してフェイルは緩めていた歩調を元に戻す。
 その表情はナラルと対照的にどことなく硬い。

 「これからどうするんだろう……」
 「カンナのこと?」

 幼馴染の顔を見て、ナラルも笑いを収め聞く。
 何故改めてそれを言うのか、訝しく思っているのが目に表れた。

 「僕達は冒険者だ。依頼も受けた」
 「カンナだってそうだよ? それに仲間」

 依頼は断ればいいじゃない、と語調を強めてナラルは言う。
 フェイルは痛むように頭を振った。

 「あのねぇナラル。一度受けた依頼を断るなんて……」
 「出発は明後日なんでしょ? ならまだ大丈夫だよ」

 自信たっぷりに胸を張るナラルに、フェイルはこめかみを押さえてため息をついた。
 こちらが色々考えているのが馬鹿らしくなってくる。

 「だけど王都は不味いだろう?」
 「それは確定?」
 「あの様子を見たらね」
 「ふ〜ん、じゃあカンナは?」

 フェイルは一瞬虚をつかれたように黙って足を止め、難しい顔を横に振ってまた歩き出す。

 「それはわからないけど……厄介者か守られてるのか。あの神官がどういう立場か」
 「でもね、フェイル。ボクとカンナってたぶん同じ位置づけだよ。魔法さえ使わなければ」
 「そうかな……」

 どことなく不安げに響くフェイルの疑いを含んだ言葉に、ナラルは不敵な笑みを浮かべてみせる。

 「それは絶対ね。それにきっと、カンナが大丈夫ならボクも大丈夫」
 「わかったよ……」

 そこまで言い切るなら、とフェイルは頷く。
 この幼馴染が確信を持って何かを言うとき、そこには何かしら根拠があるのだ。
 それが明示されなくても、フェイルはその言葉を信じるようにしていた。
 特に、こんな顔をしているときは。
 まあ突発的事態の中では、そんなことが吹っ飛んでしまうこともあるのだが。
 それにしても、とナラルはその表情を消して、ここにいない仲間を気づかうように言った。

 「カンナは話したのかな?」

 いつの間にか本部の扉は目の前だ。
 その前に立ち止まってナラルのほうを向き、フェイルは言う。

 「話しただろ」

 変えられて隠された1字を戻さないまま当たり前のように。

 「だよね、姉弟だもん!」

 ナラルは嬉しそうに笑う。

 「でもそれをあの弟がどう思うかだよ」
 「そうだけどさぁ……」

 水を差したフェイルにナラルはブツブツと視線をやや落とす。
 フゥと息をついて扉を押し開けながら、フェイルはナラルを促した。

 「まあこんなところであれこれ考えてもしょうがないし、戻ってからカンナを見て決めよう。話はそれから」
 「ちょっフェイルが先に言い出したんでしょー!?」
 「あ、ナラルにフェイル! そろそろ来るだろうと思ってたのよ!
  ちょっと話があるんだけど……カンナは?」

 2人を迎えたイオの言葉がこの後の彼らの辿る道を少し変えたことを知り得たのは、この世界に僅かしかいない。

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