第23話「大切なモノ」 | 第3章 「中立都市ナルレスト」 |
「あら、やられてしまいましたわ」
住宅街の中心、それよりも少し港側にあるナルレストで一番高い時計塔。
その屋根の上に人影が3つ。
双眼鏡から目を離し、女は傍らに座る影に囁いた。
それを受け取って港のほうを見ながら影は言う。
「別に今回はこれで構わん。あれが『主人公』か……」
「ええ、その存在を確認できただけで今回の目的は果たせました」
影は揶揄するように嘲るように、幼子を慈しむように口元だけで笑った。
「しかし一撃とはな……。第一級騎士というのもただのお飾りではないらしい」
女も忌々しげに、しかしどこか楽しげに唇を歪め、港のほうをちらりと見る。
「邪魔ですわね」
「……そうだね」
同意したのは、影を挟んで女と反対側にいた人影だった。
影を守るかのように斜め後ろに佇むその声は、反対側の女の声よりも低かったが紛れもなく女性のもの。
そしてその言葉を合図にしたように、直後、塔の上から人影は消えていた。
残っていた人妖を一撃のもとに斬り伏せて、剣についた血糊を布で拭い鞘に収め、特殊部隊隊長は王国軍に振り返る。
いや、振り返ろうとした。
振り返るときにそれとなく周囲を見ていたその目が、ある方向で固定されたのだ。
同じく凍りついたように彼を見る、カンナのほうへ向かって。
一瞬驚いたような沈黙の後、震えるように言葉を紡ぐ。
「姉、さん……?」
固唾を呑んで見つめていた兵たちは目を見開き、カンナを見つけて走り寄ってきたフェイルたちは、その言葉に声を出すことも忘れて驚き足を止めた。
唯一ナラルだけは、だから似てる気がしたのかぁ、と呑気に頷いていたが。
カンナはその言葉を聞いて、少しだけ泣きそうに顔を歪め、囁くように言った。
「探した。有己、久しぶり」
そう、カンナは探していたのだ。
12年前に姿を消した弟のことを。
観察者に仄めかされたことを信じてずっと。
名前を呼ばれ、弾かれたようにカンナに駆け寄ると、どこか誇らしげに笑う。
「今はユーキだよ、姉さん」
「そうか、わかった。ユーキ」
微妙な発音の違いを聴き取って、カンナは微笑む。
そこで周りの驚愕の針も振り切れたのか、フェイルとナラルがカンナの傍に来た。
「カンナの、弟……?」
とても信じられないとでも言うようにフェイルが言う。
カンナはそれも当然と笑って答えた。
「あぁ、いわゆる生き別れというやつだ」
ふ〜ん、と納得したようなしないような曖昧な反応を返すフェイルに、だから言ったでしょ? とナラルが胸を張る。
そこへユーキの後ろから神官服を纏った男が近づいてきた。
カンナたちはその見慣れぬ色彩に思わず一瞬目を奪われ、慌ててしかしできるだけさり気なく逸らす。
銀の髪に紫の瞳。
この世界では絶対にありえないであろう色。
神官はカンナたちのその一種失礼とも取れる態度を気にも留めず、ユーキに言った。
「ユーキ様、後始末はどうなさいますか?」
「え、あ、あ〜……軍で片づけだな、やっぱり……」
ユーキは周りを見回して頬をかく。
港は先程倒した魔獣や人妖の血や骸ですっかり汚れてしまっていた。
神官はすました顔でつけ加える。
「冒険者組合も協力を申し出ています」
「わかった。じゃあ早いとこ知らせないとな!」
ニッと笑って小船を繋ぐために突き出た太めの杭に走ってその上に危なげなく立つと、
「冒険者の方々! 今から港を片づけますので手伝ってください! 報酬の件は組合との話もついてますのでご心配なく!!」
そうよく通る大きな声で言った。
それは幸いなことに商人街に人がいなかったため、いつものように騒音にかき消されることなく、また騒音だと文句を言われることもなく、港の端から端まで届いた。
冒険者は手伝えという言葉に顔を顰めたものの、次の言葉で真っ青になり、大人しく片づけだす。
光によって大部分が消滅したとはいえ、元の数が数だけに残っているものもまた多い。
カンナたちはその一連の流れの中で、しかし目の前の神官のおかげだろう、切り離されていた。
レオとフルーは周りを手伝いに行ってしまいもういない。
神官は紫の瞳を和ませて微笑んだ。
「はじめまして、私はホーリックと申します。ユーキ様の護衛であり副官です。本職は神官ですが……。ユーキ様のお姉様ということですが?」
「あ、ああ。カンナだ」
カンナは内心面食らいながら答える。
自分でいうのもなんだがもう少し疑われてしかるべきと思うのだが、どうだろう。
「カンナさんですか。こちらの方々のお名前は?」
「ナラルだよ」
「フェイルだ。あんたがあの魔法使ったのか?」
「えっ本当!?」
ナラルが目をパチクリさせてホーリックのほうを見る。
感嘆と尊敬の滲んだ声で言った。
「すっごいね〜、光であれだけできるなんてっ!」
「ありがとうございます、ナラルさん」
ホーリックはにこりと微笑んだ。
フェイルはそこで遮られた形になった言葉の続きを、とても言いにくそうに口にする。
「あのさ……あんたってハーフスプライトだよな?」
「ああこれですか。ええ、ハーフスプライトですよ。生まれつきこの色なんです」
「そっか悪い……」
「いいえ、いつも不思議に思われるんで馴れっこですから、気にしないでください」
突然変異というやつですかねぇ、とあっけらかんと言うホーリックにフェイルは少し拍子抜けしたようだった。
逆にナラルは、心配そうな響きを帯びた声で尋ねる。
「でもさ、そういうのって大変じゃない? ……無属性の魔法で姿変えられたりとかしないの?」
人と違うというのは、それだけで迫害の対象になるものだ。
しかし、ホーリックはクスリと笑う。
「ユーキ様も同じようなことを仰ったことがあります。そういう魔法もあるようなんですが、それにはとても大きな魔力が必要で、しかも姿を変えているときは他の魔法が一切使えなくなってしまうそうなんですよ」
とてもとても私には無理ですね、とその顔に曇りがなかったために、ナラルもあっさりと相槌を打って引き下がった。
余計なお世話だったらしい。
実際のところはどうだか知らないが、少なくとも自分が心配するようなことではないのだろう。
そこへユーキが駆け戻ってきた。
いち早く接近に気づいたホーリックが笑みを浮かべてそれを迎える。
「おや、終わりましたか。気づきました?」
悪戯っぽく聞く副官を、ため息をついて軽く睨んだ。
「わかってたんなら教えろ。ロードリングを使えばすぐだって」
ロードリングはある程度近くにあるものを収納する魔法具だ。
なるほどそれを使えばすぐに片づくだろう、人手はあるのだから。
どうやらホーリックはわかっていて教えなかったようだ。
柔らかそうに見えて、実は意地悪いのかもしれない。
「だって結果的には気づかれたでしょう?」
ユーキは再度、今度は違うニュアンスを込めてため息をつく。
諦めたらしい。
きっといつもこんな調子なのだろう。
気を取り直したようにカンナのほうを見て、ニパッと笑う。
「姉さん、軍舎に来てよ。話したいこともあるしさ!」
カンナも微笑んで頷いた。
「これが、邂逅」
何処かで誰かが笑う。
「フフ……しばらく退屈しなくてすみそうだな……」
そして、勇者と魔王の物語は始まりを告げる