第22話「襲来、そして――」 第3章
「中立都市ナルレスト」

 人の波は軍舎、またはその奥の住宅街へと向かっていた。
 カンナたちはその間を縫うように潜り抜けると、港へと向かう。
 人々には緊迫した雰囲気はあったものの焦りはない。
 先程の一団で最後だったらしく、空になった通りにある店も全て閉められ、ご丁寧にも鍵が掛けられていた。
 見上げた商人魂である。
 ここは冒険者と商人の街、魔獣や人妖を倒すのが生業の冒険者が常に十何人、何十人といるところもその要因かもしれない。
 加えて今、ナルレストには第一級騎士もいるのである。
 人々は軍舎や住宅街まで行けば安全だと信じていたし、冒険者や軍人はその信頼を崩してはいけなかった。
 まあ冒険者に限っていえば、組合本部の面々が怖い、というのもあったかもしれないが……。
 少なくともナラルは持ち前の正義感によって走っていたし、カンナとフェイルはそれを放っておくわけにもいかず後を追っているだけであった。

 港、そこに魔獣の群れ、そして人妖が襲ってきたというのである。
 その知らせが喫茶店に舞い込んだ瞬間、ナラルは店を飛び出し人の波に逆らい走り出したのだ。
 喫茶店が港とだいぶ離れていたために、一同がそこについたときにはすでに戦闘が始まってから時間が経っているようだった。
 その中に見知った姿を見つけて、ナラルとフェイルはそちらへ駆け寄る。

 「おお、ナラルにフェイル! 一昨日ぶりだな、最近どーよ?」
 「数が多いね」

 軽口を無視されて沈黙し、横からやってきた魔獣を新調したらしい鎖鎌で斬り落としてため息を一つ、そしてレオは再び口を開いた。

 「……ま、いいか。そうだな、別に魔獣のほうは大したことない。数が多いだけで魔力も飛ぶのが精一杯ってところだ。その数が問題なんだけどな。でも……」

 ちらりと港の中央に目をやった。 ナルレストの広い港の一番商人街に近いところにフェイルたちはいる。
 ちなみに会話の間もレオは刃を振るい続け、フェイルも弓を構え高く飛ぶ魔獣を狙い、ナラルは一番前で商人街に入ろうとする魔獣を無言で斬って捨てている。
 さて、港の中央、魔獣の入ってくる丁度入り口の部分を王国軍は固めていた。

 「あそこに人妖がいるんだ。あれは強いな。魔獣もこのままだといつか突破されるぞ」
 「つまりあそこに特殊部隊隊長が?」
 「ああ」

 ナラルは終始無言、フェイルはその背中を見てため息をついた。








 第一級騎士であり特殊部隊隊長であるという肩書きを背負った少年は、魔獣たちがやってきたそのとき、偶然にも港の監視室にいた。
 正式な軍舎は避難所の一つとして住宅街のすぐそばにあったが、実際に海賊を始めとする外敵といち早く接触するのは港だ。
 ナルレストを襲おうとするものなど滅多にいなかったが、その歯止めはこの監視にあった。
 危ない橋は誰も渡ろうとはしない。得るものがなければ尚更。
 だが少年はそこで見たのだ、こちらに迫ってくる大軍の影を。
 まだ小さくうっすらとしか見えなかったが見間違うわけもなく、少年はすぐ軍舎と組合本部に連絡を入れ、その場に2人を残して他の兵を連れ港へと飛び出したのだった。



 「ユーキ様」

 名前を呼びかけられてちらりと横目で振り返りながら、考え事をしていた自分を叱咤する。
 己の副官はこの状況下でも微かに笑みを浮かべていた。
 だがその目は真剣さを僅かに滲ませており、自分が何処までやれるか観察されているような錯覚を覚え、少し居心地が悪い。

 「数が多い。やれるか?」
 「時間があれば」

 冒険者達も戦ってくれているが、突破されるのも時間の問題だろう。
 取りこぼすわけにはいかないのだ。
 周りで戦っていた兵に副官の詠唱を守るように命じ、自分も剣を構える。
 魔力の流に気づいたのだろう魔獣が大挙して押し寄せるのを紙一重ながらもすべて倒していくその姿は、周囲の兵を勇気づけた。







 カンナは向かってくる魔獣を短剣で追い払いながら、港の中央に向かっていた。
 魔獣は分散してやってくるから対処しづらいが、それならまだ固まっている状態のほうがやりやすいはずだ。
 だが、と思考を進めて途方にくれる。
 そうして自分はどうやって魔獣を倒すつもりなのか。
 思っていたより動揺していたらしい自分に軽く舌打ちする。
 自分が短剣だけでそんな大したことができるわけがない。
 誰か連れてくるべきだったと後悔したが後の祭りだ。
 走るスピードがゆっくりになりやがて止まる。
 王国軍はすぐ目の前だ。

 「カンナさん!」

 そこへ走ってきたのは細身の剣を片手に下げたフルーの姿。
 少し息を整えてから一瞬微笑むと、真剣な表情に戻って言った。

 「どうしたんですか? 立ち止まっていると危ないですよ」
 「あぁ、いや、散らばる前に倒すにはどうすれば良いかと思って」
 「魔法を使えば良いじゃないですか」

 なんだそんなこと、とばかりに至極簡単に答える。
 カンナが目で問い返すと、

 「魔力を感じとれるのはスプライトやソーサリーだけです。今ならきっと僕が使ったように見えますし、そもそも誰も周り見てる余裕ないですから大丈夫ですよ」

 そう言われ、それもそうかと納得する。
 そしてロードリングから杖を取り出し、呪文を唱えようとしたまさにその瞬間、

 ――光が溢れた

 狙いすましたかのように、光は飛び散り魔獣たちを消滅させていく。
 その光の感触をどこかで知っていた気がして、カンナは半ば呆然とその様を見ていた。







 「何だ……?」

 レオは目の前の魔獣が光に包まれ、その瞬間消滅するのに驚き思わず呟いた。
 横に目をやると、フェイルが目を丸くして王国軍のほうを見つめている。
 レオは軽く意外に思いながらフェイルに近づいた。

 「「フェイル」」

 レオの声とナラルの声が重なる。
 思わず顔を見合わせて同時に吹き出した。
 笑いながら自分の中に余裕が戻ってくるのを感じる。
 ようやく笑いを収めたときには、フェイルはもうすでに呆れ顔でこちらを向いていた。
 先程聞こうとしていたことを思い出し、それを口に上らせる。

 「そうだ、どうかしたのか?」

 フェイルは肩をすくめて答える。

 「別に。王国軍はすごいってね。それよりまだ人妖は残ってるみたいだけど」
 「へ?」







 「で、何で残したんだ?」

 わざとだろ、とこちらを睨めつける上官に、男は微笑んで言った。

 「私ばかりが目立つわけには参りませんから」

 ゴン、と頭を殴られる。

 「俺のこと、じゃなくて皆のことを考えろ」

 本気で怒っているらしい上官の背中を見て、男は困ったように苦笑した。
 じんじんと痛む頭にか、少年の甘さにか、それともそれでも剣を構える少年の姿にかは、外からは見た限りわからない。







 光が収まったあとには、周りにいたはずの魔獣がすべて消えていた。
 カンナはほっと息をつき、体の力を抜く。
 しかしフルーは硬い表情のまま辺りをゆっくりと見て、そしてある一点で動きを止めた。

 「まだですカンナさん。あそこに……」

 そちらを見たカンナの目に映ったのは、人妖とそしてそれに向かって走る1人の少年の姿。
 王国軍のすぐ傍にいたカンナには、それはとてもはっきりと。
 何故だろうか、胸騒ぎと既視感とそして言いようもない何かに。
 背を向けて顔も見えないのに、それでもカンナは呟いていた。


 「有己……?」

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