第21話「常識的なあれこれ」 第3章
「中立都市ナルレスト」

 「あ、ここだよ!」

 カンナの腕を引っぱりつつナラルは楽しそうに言って、そして後ろを振り返った。

 「フェイルーー! 早くーー!!」
 「叫ばなくても聞こえるよ」

 フェイルは先程寄った店の前で、そこで買った品物を魔法具に収納し終わったところだった。
 少し煩わしげに首を振ってこちらへ向かってくる。
 急がず、歩いて。







 カンナが師匠の家を訪れた翌日。
 一同は当初の予定通り商人街に買い物に来ていた。
 ナラルが目をつけていた店は十数軒。
 それらでナラルが買ったものは、全て魔法具に収まりフェイルが身につけていた。
 魔力を持たない人間でも、光や無属性の魔法ならばそれを宿した魔法具で使用できる。
 特に冒険者に重宝がられているのはライトの魔法を宿したランプと、ロードの魔法を宿した収納魔法具ロードリングだ。
 このロードリング、店で売られているのだが、値段はピンからキリまで、形状も様々である。
 値段の違いはすなわち性能の違い、使用者への負荷にあった。
 つまり安物であればあるほど、収納したものの重さの何%かが、ロードリングの重さにプラスされてしまうのである。
 袖口から覗くフェイルのロードリング、値段は中の上程度といったところだろうか。
 ナラルの買い物のおかげで、それにはそれほど重くはないが感じる程度には重さがあった。
 苦しくも辛くもないのだが、感覚には触れるので気にはなる。
 そのせいでフェイルの機嫌は斜めに5°ほど傾いていた。

 「喫茶店?」
 「そう! ここのマフィンがおいしいんだよ〜。ちょっと休憩しよっ!」

 ナラルは1歩で扉前の階段2段を跳び越えて、取っ手を握りながら手を招く。
 カンナはそれに笑顔で、フェイルは溜め息混じりの苦笑で応えて中へと入った。







 「あ〜疲れた! ありがとね、フェイル」
 「歩き通しだったからな」

 カンナはナラルの向かいの席に座ってテーブルに肘をつき、斜め前で早々に紅茶3つとマフィンを注文するフェイルを見た。
 頼んでロードリングを見せてもらうと、意外と重さがある。
 そういえばナラルは、行く店行く店でかなりの買い物をしていた。
 対してカンナといえば、彼女の持つロードリングの重さからわかるとおりほとんど買った物はない。

 「全部相殺できるものを買ったほうが良いんじゃないのか?」
 「高いからね」

 フェイルはそう言ってカンナの手から自分の腕輪を受け取る。
 一時外していたからだろう、改めてその重さを確認して少し口角を下げた。

 「でもま、確かにこれぐらい買うんだったら考えたほうが良いかもね」
 「うぐぐ……」

 ナラルは唸ってカンナのほうに手を差し出す。
 カンナのロードリングを見せてくれという意味だろう、そう受け取ってカンナは自分のものをナラルに渡した。

 「うわ軽っ。……振り回しちゃった?」

 申し訳なさそうに尋ねられて、

 「いや、そんなことない。楽しかったぞ」

 ふるふると首を横に振る。

 「そう? ……ごめんね、ありがとう」

 とナラルがカンナに返したところで頼んだものが来た。
 パッと笑顔になってフォークを手に取り食べ始めるナラルを呆れたように見て、フェイルはカンナに言った。

 「カンナはこれからも一緒に行くだろ?」
 「ああ、そちらが良ければ」
 「フェイルもカンナも別に確認することじゃないよっ。一緒に行くんだから」

 1人より3人、2人より3人、とフォークをピッと立ててナラルは言う。
 一応だよ一応、とフェイルは答えて、1枚紙を取り出す。

 「この護衛依頼を引き受けてきた。明後日出発」

 受け取ったカンナはその書類に目を通す。
 依頼人の詳細や目的地、具体的な内容、その他諸々を頭に入れてフェイルに返したところで、横からナラルの手がそれを取った。
 カンナは自分のロードリングを見ながら呟く。

 「便利だが盗みやすいし捌きやすい、か」
 「そんなものだよ」

 ロードリングは大量生産品のため、同じ型のものが何百個と存在する。
 それゆえ一度奪われてしまえば取り戻すことが困難なのだ。
 要はどちらを選ぶかということである。

 「出発は明後日かぁ。明日はどうする?」

 読み終えたナラルがフェイルに返しながら聞いた。

 「そうだ。師匠が明日皆も連れて来いと言っていた」

 昨日アールの家から帰る間際、明後日暇なら来いと言われていたのだ。
 曰く、お前の仲間の顔が見たいから、と。
 明日が本当に何もないかわからなかったので、今まで黙っていたのである。
 ナラルはアールさんかぁ、と紅茶をスプーンで意味もなくかき混ぜながら目線を上げた。

 「クッキーおいしかったな〜。このマフィンもおいしいけど」

 みやげに持たされたクッキーは、昨日のうちに2人に渡した。
 ナラルはそのクッキーをいたく気に入ったようだったのだ。

 「まだあるかな?」
 「たぶんあるだろう。もしかしたら新しく焼いてるかもしれないな」
 「よし決まりだねっ!」

 楽しみ〜、と幸せそうに言うナラルに、カンナは口元を綻ばせる。
 と、ナラルがはたと手を止めて、カンナのほうを、というよりはその髪のあたりをじっと見つめた。

 「どうした?」
 「え、えっとね。何と昨日あの特殊部隊隊長にあったのよ」

 その言葉に反応したのは問いかけたカンナではなく、フェイルのほうだった。

 「会ったって、何処で? まさか変なとこに入り込んだんじゃ……」
 「違うよ! 普通に商人街の通りで、抜け出して追われてるみたいだったけど……」

 何だそれ、とフェイルは拍子抜けしたように呟く。
 ナラルは少しだけムッとしたようだった。

 「本当だって! それでね、その人がなぁんかカンナに似てたんだよね〜」

 改めてカンナを見て、うんうんと1人で頷く。

 「髪の色とかね。向こうは男の人だからやっぱり違うんだけど……顔もね、なんか似てるの」

 あと雰囲気も似てないようで似てる、と続けた。
 ナラルとフェイルの視線が向けられ、カンナはどうも背中の辺りで居心地の悪さを覚える。
 だけどそもそも、とカンナは言葉を口にした。

 「その特殊部隊隊長って一体何なんだ?」

 その瞬間、時間が止まったような気がしてカンナは首を傾げる。
 フェイルとナラルがなんとも言い様のない表情をして固まったのだ。

 「何だ?」
 「……え、えーっと、本当に?」
 「だから何がだ?」

 ナラルの言葉の意味が取れず更に首を捻る。
 フェイルはため息をつき、呆れたような目をカンナに向けた。

 「カンナ、君って意外と世間知らずなんだね」
 「?」

 酷いことを言われた気がするが、わからないのでどうしようもない。
 まずカンナは一昨日イオと話しているときからわからなかったのである。
 師匠と話しているときもだ。
 聞く機会もなく、また聞く必要も感じなかったために流していたのだが、個人として認識するとやはり気になる。
 だが知らないというのは2人にとってよほど衝撃的だったらしい。
 ナラルが気を取り直すように頭を振った。

 「あのねカンナ、ヴァンガード家はわかるでしょ?」
 「あぁ、筆頭貴族の1つだろう?」

 それぐらいならカンナも知っている。
 ユミカルヴァイネ王国は1つの王家と3つの筆頭貴族によって治められている。
 筆頭貴族とはまず将軍家である「盾」の公、クライラス家。
 神官家である「杖」の公、ベイレイ家。
 そして宰相家である「剣」の公、ヴァンガード家。
 ナラルはそうそうと言って続けた。

 「ユミカルヴァイネの貴族は皆ハーフスプライトでしょ? 王様がそうだから人間の寿命でこの国の政治は無理なのよ」

 寿命が違えば考える政策のスパンも違ってくる。
 カンナが頷くと、フェイルがナラルの言葉を引き継ぐように続けた。

 「それが12年前、ヴァンガード家が養子をとった。跡継ぎは確かにいなかったけど筆頭貴族は別に当主の子供が継ぐわけじゃない、神託に依るんだ。だから養子は必要ない。しかもその養子は人間だった」

 12年前、それではカンナが知らないのも無理はない。
 ただ少し引っかかるものがあった。

 「たぶん前例はないだろうね。だから王国内は勿論ハイナルディアまで一時期大騒ぎだったんだ。更に2年前、その養子が第一級騎士になった」

 そのときにはカンナもこの世界にいた。
 何故その話を聞いたことがなかったのだろうか。
 いや、そういえばちらりとそんな話を聞いたことがあるような気もする。
 しかし何故こんなにも印象に残っていないのだろうか。
 ナラルはマフィンの最後の一欠片を口に入れて、フォークを顔の横で振りつつその疑問に答えるかのように言う。

 「そっちのほうはあんまり騒がれたりはしなかったんだけどね。いつの間にか皆知ってたって感じで」
 「人間が第一級騎士になることはないわけじゃない。実際その特殊部隊隊長以外で第一級騎士は5人いるけど、そのうちの1人は人間だ」
 「まあどっちにしろ、常識だから皆改めて言わないんだよ」

 ナラルはそう言ってビシッとフォークの先をカンナに向けた。
 次の瞬間、

 「行儀が悪い」

 とフェイルにその手をはたかれる。
 恨めしそうなナラルの視線、だがフェイルは動じない。
 睨んでも無駄だと諦めたのか、4秒程の後ナラルはフォークをテーブルの上に戻した。

 「とにかく、つまりはそういうわけなのよ、カンナ」

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