第18話「冒険者組合にて」 第3章
「中立都市ナルレスト」

 しばらく待って、ナラルが「3人で待ってても仕方ないよね!」と逃げ出し、宿の部屋を確保して、ちゃっかり靴も買ってきて、フェイルが一通り説教したぐらいで順番が回ってきた。
 もうすでに日は沈みかけ、窓からは斜陽が射しこんでいる。
 カンナたちの後ろにもう人はいない。
 番号札を渡されて、帰されてしまったのだ。
 幸いカンナたちはそれをギリギリで免れていた。

 「お待たせしましたの」

 ルチルが半分申し訳なさそうに、半分は儀礼的に言う。

 「別にいいよ。明日に回されなかっただけ」
 「それはわからないですの。用件によっては明日になりますの」
 「……それも仕方ないね」

 表情がしばし固まって、しかし思い直すように頭を振り、フェイルは言った。
 そして用件を言おうと口を開いたとき、

 「終わった〜!!」

 イオがそう言いながら伸びをして、フェイルの言葉は遮られる。
 だいぶ疲れているようだ。
 だがすぐに表情から疲れを消し去って、カウンターから身を乗り出す。

 「でも珍しいね! カンナが誰かと一緒に来るなんて」
 「アイオリーテ、言葉には注意するべきなの。『でも』が何処から来てるのか不明だし、この場合『珍しい』じゃなくて『初めて』と言うべきなの」
 「ルチルは一々細かいのよ!」
 「でも確かに気になりますの。カンナが誰かと一緒なんて、かなり意外ですの」

 イオの言葉は意に介せず、ルチルはカンナを見ながら言う。
 カンナはナルレストで育ったので、イオとルチルとは幼い頃から知っている仲なのだ。
 「人の話を聞けー!!」という横からの抗議も軽く無視された。

 「それにナラルたちもやっぱり、違う人と一緒っていうのは意外ですの」
 「そうかもね〜。でもほらっそういう者同士ってことなんじゃないかな」

 ナラルはあっけらかんと言う。
 ルチルは「そういうことなのかもしれないの」と納得したように頷いた。
 いじけていたイオが気を取り直したように更に身を乗り出し、というよりはすでにカウンターの上に座りながらカンナに聞く。

 「ねぇねぇ、どうして一緒に行動することになったの?」
 「ああ、この前魔獣を倒すので一緒になったんだ。そのあとナラルに誘われて――」
 「あのさ」

 低い声が響いてカンナは口を閉じた。
 見ればフェイルが微笑んでいる。目は笑っていなかったが。

 「話を元に戻していいかな……?」
 「はい、どうぞですの」

 静かに怒るフェイルに一同は顔を強ばらせ、一歩後退る者もいる中、唯一の例外が、何事もなかったかのようにフェイルを促した。

 「まったく……明日まで用事が延びるのは嫌だろ? 2人とも。ルチルも気づいてるのになんで相槌打つんだよ……」
 「え、だってそうすれば明日もフェイルに会えますの」

 あっさりと、いっそ大胆な答えにフェイルは溜め息をついて肩を落とす。
 お〜フェイルってばモッテモテ! とニヤニヤ笑うイオの頭を軽くはたいて、カウンターに両手をついた。

 「いい加減に――」
 「だめだよ! フェイルはボクと一緒に行くんだからっ!」
 「うわぁっ」

 いきなり腕にしがみつかれて、フェイルは一瞬バランスを崩し、片足をつきなおしてなんとか踏みとどまる。
 ルチルを睨む幼馴染に呆れ顔になるが、どこか嬉しそうに見えたのはきっとカンナの気のせいだけではない。
 ルチルはころころと笑う。

 「相変わらず面白い2人ですの」
 「ルチル……ナラルもだから遊ばれるんだよ。ほら、放して離れて」

 そこか納得いかない風にしぶしぶフェイルの腕を解放すると、ナラルはもう一度ルチルを見た。

 「冗談ですの」

 ルチルは悪びれず言う。
 ナラルはすっかりへそを曲げて、ふいっと顔を背けた。
 フェイルがイオを苦手としているように、ナラルはルチルとなんとなく馬が合わない。
 まあどちらかというと、ルチルがナラルで遊んでいるのだが。

 「で、用件をどうぞですの、フェイルさん」

 フェイルは疲れた顔で、しかし簡潔に素早く用件を伝える。
 また邪魔が入ってはたまらないと思ったのかもしれない。
 曰く、王国軍の動向、新たな依頼、そして賞金の受け取り。
 ルチルは話を聞き終えたあと、

 「アイオリーテ、ちょっとこれお願いなの」

 と、カンナの隣にいた相棒を呼び寄せメモを渡す。
 イオはそれをざっと読んで了解したように1つ頷くと、奥の扉の向こうへと消えた。
 ルチルはカウンターの向こうの机の上と、その隣の棚から紙の束を出してきて、カウンターの上に置いた。

 「こっちは護衛の依頼で、こっちは魔獣退治、こっちは探し物の依頼ですの。いつもと同じで魔獣は倒されてるかもですし、探し物はもうないかもしれないですから、護衛が一番確実ですの」
 「だろうね。じゃあその束を複写してくれる? もう遅いし、今夜選んで明日持ってくるから」
 「それだと朝一じゃないと、先に取られるかもしれないですの」
 「わかってるよ」
 「それならいいですの。でも結局明日もフェイルに会えることになりますの」

 両の掌を合わせ嬉しそうに言うルチルに、カンナの隣にいるナラルから一瞬殺気にも似たものが立ち昇る。
 フェイルはこめかみに手をやり、呻くように言った。

 「ルチル……」
 「冗談ですの。それにしても本当にナラルは面白い人ですの」

 ルチルはにっこりと笑う。
 カンナは決して短いつきあいではないルチルの、新たな一面を知った。
 そのとき、

 「お待たせー!」

 バターンと扉を開けてイオが現れる。
 妙にぎすぎすと不自然な雰囲気が一気に霧散した。
 しかしイオは自分が偉大なことを成し遂げたのに気づかず、手にした紙を読み上げるようにフェイルに言う。

 「えっと、まず王国軍のことなんだけど、詳しい説明はされてないよ。ただ心配するようなことは今のところないみたい。特殊部隊の隊長が来たんだって。えーっとだからヴァンガード家の養子だね、当時話題になった。
 あ、それとこれが賞金。カンナがこれ、フェイルがこれ、ナラルがこれね! あ〜重かった!」

 カンナはイオから硬貨が入った袋を3人分纏めて渡される。
 確かに重い。そういえば1年以上ナルレストに戻ってきていないのだから当たり前かもしれない。たぶん金貨も入っているだろう。

 「それじゃあ用が終わったんならとっとと宿に行くべきですの。私たちももう帰りたいですの」
 「ああ悪かったね」

 でも半分くらいはルチルのせいだよ、とフェイルは返した。

 「あら、せいぜい1/3ですの」

 ルチルは楽しそうに笑った。

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