第17話「中立都市ナルレスト」 | 第3章 「中立都市ナルレスト」 |
「それじゃあな」
「お元気で」
そう言ってレオとフルーは雑踏の中へ消えていった。
ここは二大陸に挟まれた島、中立都市ナルレスト。
レイファーミナとアンレイルシアの共存する、冒険者と商人の街。
港から続く大通りは、カンナがここを出たときと変わらず賑わっている。
少しの懐かしさと共にカンナは目を細め、遠く、突き当たりに見える門を眺めた。
と、衝撃と共にナラルが抱きついてくる。
「カーンナっまずは組合に行こ!」
「ナラル、もう大丈夫なのか?」
ここに来るまでの船で船酔いに襲われたナラルは、降りてからも青い顔をしていたのだが。
「うん、もう大丈夫! ここに来るたび毎度のことだからね。回復は速いんだよ」
「そうか」
「あー! あの靴可愛い! ねぇねぇちょっと見てこうよ!」
カンナの首に腕を回したまま、ナラルは露天商の一角を指差す。
確かに良さそうな靴が売られていて、他にもアクセサリーや武器、服までよりどりみどりだ。
少し見ていくのもいいかもしれない、とカンナが頷きかけたとき、斜め後ろから声が投げられた。
「何やってるのさ。早く行くよ」
振り返ってみると、フェイルが賑々しい大通りから少し外れた、人通りの疎らな道の入り口に立っている。
ナラルは頬を膨らませ、カンナの首から解いた腕を腰に当てて抗議した。
「いいじゃんか、ちょっとぐらい!」
「ちょっとじゃすまないから言ってるんだ」
「む〜〜!」
ナラルが文句を言っているのを聞きながら、カンナは一瞬落ちた影に顔を上げた。
普通と比べてあまりに大きな鳥が2羽、高度を徐々に下げながら飛んでいく。
目指しているのは大通りの突き当たりのようだ。
人々もまたカンナのように鳥を見ている。そこには程度の差はあっても訝しげな、不安そうな表情が浮かんでいた。
鳥は門の手前、右手側に降りる。
何かあったのだろうか。
「何かあったのかもね」
すぐ近くから聞こえた声に横を見ると、いつの間に傍に来たのかフェイルが立っている。
視線は先ほど鳥の降りた所、王国軍の軍舎に向けられていた。
しかしすぐに溜息をついてカンナのほうを見て言う。
「まあ考えても仕方ないし、とりあえず組合に行こう。もし本当に何かあったんなら、組合にも連絡が入ってるだろうしさ」
「わかった。……あ、でもナラルは」
先ほどの様子を思い出して聞くと、フェイルは後ろのほうを示す。
カンナが振り返ると、さっきフェイルがいた位置にふてくされて立っていた。
「いいみたいだな」
苦笑して呟く。
軍配はフェイルに上がったらしい。
「もぉ行くんなら早く行くよー!!」
その場で立ったままの2人に、ナラルは焦れたように叫んだ。
「何も『飛鳥』に乗ってまで急ぐことなかったんじゃないか?」
慌てて出迎える兵たちに手を振って心配ないと言いながら、少年は隣に佇む男に囁いた。
『飛鳥』に乗るにはある程度の階級が必要だし、それも余程火急のときに限られている。
少年は、『飛鳥』から見下ろした人々の表情を思い起こしていた。
「でも陛下が『できるだけ急いで』と仰られたのですから。それとも何かご不満が?」
「いやそんなことはっ!」
男がすました声で答え、少年は焦ったように相手を振り返る。
口の端が持ち上がった男の顔を見て、少年は呆れたように溜め息をつき頬を掻いた。
「あのなぁ、わかってるなら聞くなよ、そんなこと」
「すみません」
つい面白かったもので、といけしゃあしゃあと言う自分の部下に少年は更に深く溜め息をつくのだった。
冒険者組合への道は大通りよりも少し狭いくらいの幅だが、店が並んでいないので人通りは疎らだ。
大通りの喧騒が遠ざかってしばらく行くと、大きな、しかし華美な装飾が一切されていない建造物が見えてくる。
冒険者組合総本部。
全ての冒険者と組合の支部を束ねる、2つの国に次いで巨大な管理体制を持った組織だ。
冒険者は全て、ここで認定を受ける。
ここに辿り着くのが、まず第一の試験だった。
なにしろナルレストに来るには、絶対に森を抜けなければならないから。
その点、ナルレスト出身の冒険者志望者は有利と言えるのかもしれない。
第2第3と続く試験も難関だが、冒険者はほとんどがナルレスト出身だった。
とにかくカンナたち3人は組合の扉をくぐる。
「ハァイ! カンナ、久しぶりね!」
一歩足を踏み入れた途端聞こえたのは、受付のイオの明るい声。
「ああ、久しぶり」
そう言ってカンナが微笑むと、イオは驚いたように一瞬硬直し、次の瞬間カウンターを蹴ってカンナに飛びついていた。
受け止めきれずにバランスを崩したカンナを強引に引き戻し、頬を両手で挟みこんで相手の目を見つめる。
イオのほうが少し背が低い。
「どうしたのカンナ、なんか雰囲気柔らかくなってない!? うわ〜感激〜」
「あははイオったら相変わらずみたいだね〜」
脇からナラルが言うと、イオはにっこり笑う。
「ナラルも元気そうで何よりね。フェイルも相変わらず男前だし!」
「……」
向けられた大部分がからかいとわかる賛辞に沈黙したフェイルは、この少女を苦手としていた。
イオは気にした様子もなくフフフ、と笑う。
驚くべきことにこの少女は、登録されている冒険者全ての顔と名前を記憶しているのだ。
「アイオリーテ」
細いが良く通る少女の声に、イオは振り返る。
アイオリーテとはイオの本名だ。だが幼い頃から親しみを込めてイオと呼ばれている。
その本名を律儀に呼ぶのは組合本部長と今1人、イオの相棒である受付のルチルだった。
「あなたは持ち場に戻るべきだと思うの。ここが一番忙しくて私1人じゃ捌けないの」
「あっごめんごめん!」
イオはじゃあまたあとでね、と受付のカウンターの向こうのルチルの横に座った。
ルチルは待たせていたらしい冒険者相手に何やら話し始め、イオは書類と格闘を開始する。
もともとこの2人は事務の人間で、受付に座っているのは人手不足によるものだ。
人当たりが良くて、看板娘代わりになるかららしいが、だからか用事のほとんどが受付で処理される。
何人か並んでいる列の後ろに、カンナたちは続いた。