第15話「翠の瞳を持つ者」 第2章
「森の中で」

 「レオ、大丈夫ですか?」

 その声に、全てのものが一瞬動きを止める。
 今まさに止めを刺そうとしていたソーサリーの視線も、どこか訝しげに細められ声のしたほうに向けられた。
 攻防が止まったおかげで聞こえるようになったサクサクと草を踏む音が、近づいてくるのがわかる。
 姿を現した突然の乱入者は、森のように深い翠の瞳を持っていた。
 生来穏やかなのであろうその顔だちは、今は僅かに強張り、視線はソーサリーではなくカンナとナラルに向けられている。

 「フ――」

 レオはその相手を視界におさめ、相手の名前を呼ぼうとするが、それと重なるように、

 「敵対するものと見なす」

 スプライトの青年が姿を見せた一瞬後に我に返ったソーサリーは、しかし未だ訝しげな表情のままそう宣言し、右手を上げた。
 その声にフェイルは慌てて弓を引き絞る。こちらも先程まで乱入者のほうを鋭く見つめていたが、だからといってレオの知り合いらしいその青年を見捨てるわけにはいかない。
 だが、その矢が放たれる直前、ソーサリーは瞬間弾かれたように上を見上げ、近づく矢から逃れて一歩下がる。
 ソーサリーはそのまま周りに目もくれず、再び上を見上げて言った。

 「何故止めるのですか!?」

 ソーサリーは誰と喋っているのか。
 その視線の向くほうには何の姿もなく、彼女に聞こえているらしい声も、カンナたちには聞こえなかった。
 状況がわからず立ち尽くす一同の中、ソーサリーはしばらく黙っていたが、

 「わかりました……」

 そう苦々しげに呟くと、カンナたちをキッと一度睨みつけ、

 「もう絶対に近づくな!」

 言い捨てて、サッと身を翻すと森の奥に消えていった。






 気配が完全に消え去った瞬間、張りつめていた空気が一気に霧散する。
 ナラルはその場にへたり込み、フェイルも安堵に溜め息をついた。

 「助かった……」

 カンナは呟く。
 その経緯はよくわからなかったが、あのまま戦っていたら負けるのはこちらだっただろう。それほどだったのだ、あのソーサリーの力は。
 そして、先程現れたスプライトの青年を見る。
 さっきよりも険しさを増した翠の瞳と目があった。
 レオはソーサリーが消え去ったあと、疲れた〜! と大仰に息をついていたが、思い出したようにパッと顔を上げると、その青年のほうに歩み寄りカンナたちのほうを向いた。

 「ん〜と、こいつは俺の相棒で――」
 「あなた方は一体何なんですか?」

 だが紹介しようと口を開いたとき、当の本人から硬い声が発せられる。
 青年の瞳はまっすぐカンナを捉えていた。

 「あなたと、そこのあなた。あなた方から魔力が感じられます。人間なのに、何故魔力を持っているんですか?」

 詰問の口調にカンナは驚き、次に何も言えず俯く。慣れている。この反応には。
 この反応が普通なのだ。フェイルやナラルが特別だっただけで。
 レオは珍しく厳しい相棒の様子に最初面食らった顔をしていたが、その言葉を聞いて更に驚いた表情になる。

 「へ? お前ら魔法使えんの?」

 カンナは答えず、次に来るであろう言葉を予想して目を閉じる。
 大丈夫。慣れていることだ。
 だが、レオは少し怒ったような顔をして唇を尖らせ言った。

 「何だよ。じゃあ使ってくれりゃあいいのに」

 そしたら倒せたかもしれないじゃないか! と、とても悔しそうに続ける。

 「は?」
 「レオ! そんな問題じゃありません!」

 カンナが間抜けな声を出して顔を上げたのと、青年が少し慌てたように声を荒げたのは同時だった。
 レオは煩そうに耳を塞いでいたが、声が止むとその手を外してぽりぽりと頭を掻き、青年の方をポンポンと叩いて言う。

 「まあまあ落ち着けよフルー。お前らしくもない」
 「なっ……」
 「お前の言うとおりこいつらに魔力があったとしよう。
  でも、それがどうしたんだ?」

 本気で不思議そうなレオの様子に、フルーと呼ばれた青年は焦れたようにカンナたちを指差しながら言う。

 「その魔力が問題なんです! わかってますか、レオ。世界の理に背いてるってことなんですよ!?」

 言葉が痛くて、カンナは唇を噛む。
 そのときだった。

 「じゃああんたは一体何なわけ?」

 カンナたちのほうに歩きながらフェイルは言う。
 視線は鋭い。怒っているようだった。それでいて少し躊躇うような口調。

 「え?」
 「スプライトのあんたから、魔力を感じないのは何で?」

 言われた途端、フルーの顔がサッと青褪めた。
 魔力がない――?
 カンナは驚き、目の前の先程のカンナのように俯く青年を見る。
 スプライトの証である翠の瞳と、尖った耳。
 いつか、全ての生き物の瞳は元来、黒か茶色なのだと聞いたことがある。
 身の内に宿る魔力が、瞳の色を変えるのだと。
 なのに魔力がない?


 フルーは震える拳にギュッと力を込める。

 「そんなのわかりませんよ!」

 そして、開き直るように泣いているように叫んだ。

 「っは〜、よくわかったなフェイル」

 重なるようにして、レオが心底感心したように言う。
 自分のほうを睨んでくる相棒の視線に苦笑して、その背中を宥めるように軽く叩いた。

 「だ〜から落ち着けって、な? これはあれだ、お互い様ってやつだと思うぞ。
  それに、問題なのはそいつがどういう奴なのか、だろ?」

 こいつらはいい奴だぞ、とニカリと笑いながら言う。
 フルーはちょっとだけ眩しそうに目を細めて、俯いた。

 「……そうでしたね……」

 と、小さく呟く。
 レオはうんうんと頷き、フェイルたちのほうへ向き直った。

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