第14話「ピンチ!」 第2章
「森の中で」

 ビュンビュンビュンビュン……ッ!!

 風が鳴る。
 鎖の先に分銅がわりについた錠前が、音をたてて回転する。
 遠心力で腕にはかなりの負担がかかっているだろうに、肘の位置は固定されたままピクリとも動かず、レオは不敵に微笑んだ。

 「何で助けてくれるの?」

 後ろからナラルが驚いた様子で問う。
 レオはそちらを軽く振り返り、答えた。

 「いや、俺ここで相棒待たなきゃいけないし。
  それに、見捨てて逃げたら男が廃るってもんだろ?」

 その言葉に、ナラルは満面の笑みを浮かべる。

 「へぇ〜、君っていい人だねっ! あ、ボク、ナラルっていうんだ。よろしくねっ」
 「おう。よろしくな」

 なんとも暢気な会話に、あたりには場違いなほど和やかな雰囲気が流れる。
 木の影から出てきたソーサリーは、対象外のレオが前に出てきたことに少し面食らった顔をしていたが、全く緊張感のない会話を繰り広げているにも関わらず、未だ回転し続けている錠前をやや眉を上げて眺め、事務的に感情を殺した声で言った。

 「戦う意思ありと判断する」

 だがその言葉が終わるか否かの瞬間、レオの手からその錠前は放たれる。
 それが届かないうちに、ソーサリーはひらりと後ろに飛び退った。
 ゆらりと手を翻すと、それに合わせて木の葉が踊り大挙してレオに襲い掛かる。

 「うぉっ!!」

 レオは勢いよく上体を仰け反らせ、間一髪これを避ける。
 そのときには体勢を立て直そうとするその後ろから、ナラルが飛び出していた。
 片方の刃で斬りかかり、ソーサリーが横に避けたところで切り返したもう一方の刃を横に薙ぐ。
 だが、それも受け流されて、

 「ナラル!!」

 フェイルが叫んだ警告とほぼ同時。
 周りの木々から伸びてくる蔓が、何本も束になってナラルが一瞬前までいた地面を突き刺す。

 「ふぅ、危ない危ない……」

 そう言ったナラルの頬を汗が一筋伝った。
 フェイルはソーサリーの意識がナラルに向いたところを狙って、矢を放つ。
 レオもまた、立て直した体勢で同じタイミングに錠前を放った。
 ちょうど挟み撃ちになるような2人の位置。

 「!」

 ソーサリーは、それに気づいたがその反射速度が徒となり、動けない。
 次の瞬間には、鎖鎌の鎖がその腕に巻きついていた。
 けれどフェイルの矢は運悪く、飛来した木の葉に軌道を逸らされ、ソーサリーの腕に浅く掠るだけで終わる。
 だがその第一矢を放ってすぐに番えていた矢が、今度こそソーサリーの肩に突き刺さった。

 「やっと捕まえた」

 少しだけ息の上がった声で、レオは達成感に微かに笑う。
 ソーサリーの片腕を捕らえたその鎖を、引き寄せようとしたときだった。







 カンナはその攻防の中、動けずにいた。
 今ここにはレオがいるのだ。魔力があるのを知られてはいけない。
 だって折角良い人らしいのだ。知られてその目が変わるのを見るのは、できれば遠慮したかった。
 ナラルもそう考えているのだろう。さっきから魔法を使っていない。だがナラルと違い、カンナは魔法無しでは戦えないのだ。
 確かに護身程度にはナイフも使えるけれど、それだって所詮は気休めだ。

 「カンナっ!」
 「大丈夫だ!」

 この状況でもこちらのことを心配して名前を呼んでくるナラルに、苦笑してカンナも大声で応える。
 とにかくナイフを構えて、動かないカンナにさえも襲い掛かってくる蔓を、足手まといにならないように片端から切ることぐらいしかできなかった。

 「!」

 後ろから襲ってきた1本を、横から伸びた刃が切断する。

 「危なかったね」
 「ああ、すまない」

 にっこり笑うナラルに、カンナは謝罪混じりの礼を言った。
 もどかしさだけが、募っていく。







 レオはニヤリと笑って、鎖を引き寄せようと左手に力を込める。

 「これで、終わりだっ!」

 ――だが、その手が止まる。
 いや、レオは相変わらず左手に力を込め続けている。しかし、一向に動かない。
 相手の力のほうが、レオよりも勝っているのだ。
 それに気づいたとき、レオの顔が少しだけ青褪めた。

 「マジ……?」

 こちらはもう両手で引き寄せようとしているのだ。それで動かないなんて……。
 呆然としたレオの力が、ほんの一瞬緩まる。その一瞬を、ソーサリーは見逃さなかった。

 「軽率だな」
 「!」

 慌ててレオが力を込め直しても、もう遅い。いや、それは寧ろ逆効果だっただろう。

 ヒュンヒュンヒュンヒュンッ!

 先程までよりは少ない木の葉が、しかし先程以上のスピードでソーサリーを縛める鎖に襲いかかる。
 ぴんと張られた鎖が、切れた。

 「嘘だろ!?」

 思わずフェイルは叫ぶ。
 鎖は金属なのだ。おまけに充分な太さを伴っている。木の葉なんかで切れるわけがない。
 だが現にすっぱりと切り口も鋭い。
 開放されたソーサリーは、腕を広げて宣告した。

 「これで、終わり」

 もうばれても良い。
 その覚悟と共に、カンナが魔法を使おうとしたときだった。

 「レオ、大丈夫ですか?」

 呼びかける声に、全てのものが動きを止めた。

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