第13話「逃走と鎖」 | 第2章 「森の中で」 |
「……?」
何か聞こえたような気がして顔を上げる。
耳に手を当てて、目を閉じた。
「何か近づいてくる……結構速いな。逃げてる……のか?」
切り株から腰を上げて、上に伸びをする。
コキコキと首を鳴らして独りごちた。
「さぁってどうすっかな〜」
先程相棒が消えた方向を見る。小さな物音さえしない。
帰ってくるまで、もう少し待たなければいけないようだった。
「ま、いっか。来たらどうするか決めたらいいし」
横に置いてあった武器を手に取る。
握った鎖がジャラリと音をたてて揺れた。
ガサガサガサ……
逃げながら、フェイルは内心とても混乱していた。
後ろにはまだソーサリーの気配がある。
何故これほど執拗に追ってくるのかわからない。
先程のあのソーサリーの言葉からすると、近くに集落があったようだが、そこから離れた以上、追われる理由はなくなったはずなのだ。
ガサガサガサ……
いい加減、体力の限界が近かった。
もともとフェイルは持久力があるほうではないのだ。しかもナラルを引っぱっている。
これはもう腰を据えるしかないのかもしれない。疲れて動けなくなっているところを襲われるほうが、余程危険だった。
ガサッ
草むらが途切れる。
「あれ、人間?」
いきなり聞こえたその声に、フェイルは肩で息をしながらも反射的に腰のナイフを抜き擲った。
しかしカキーンッと金属音がして、それは叩き落されてしまう。
「あっぶねぇなあ」
叩き落とした張本人は、目に少し非難を込めてフェイルを見る。
その色が茶色いのを確かめて、フェイルはホッと少し体の力を抜いた。
そのとき、
「フェ〜イ〜ル〜……」
ナイフを投げると同時に掴んでいた手を放したせいで地面に倒れたナラルが、額を押さえて起き上がる。どうやら落ちたときに打ちつけたらしい。
恨めしそうにフェイルを睨んで言った。
「大丈夫か?」
青年は心配そうにナラルに言う。
問われたナラルは表情からフェイルへの不満を消し去って、ピョンと1回ジャンプして立ち上がり答えた。もともとそんなに怒っていたわけではない。
「うんっ大丈夫だよ! ありがと」
カンナはじっとその青年を観察する。
どこからどう見ても人間だ。何故こんなところに、というのもその手元を見れば頷ける。
1人で盗賊というのも考えにくいから、彼も多分冒険者なのだろう。
「で、何に追われてるんだ?」
青年は人懐こい笑みを浮かべて聞く。
「そ・れ・と! そんなに見つめられると照れちゃうぜ、お嬢さん」
シュビッとカンナに向けて右腕を突き出し、ニヤリと笑った。
ジャラリと鎖が鳴る。
「っああ、悪い」
カンナは慌てて目を逸らした。
ナラルは、お〜かっこい〜! と目を輝かせる。
フェイルは油断なく後ろに目をやり、眉を顰めた。
だいぶ引き離したようだが、追いつかれるのも時間の問題だ。
青年に向き直って言う。
「あんたは早く逃げたほうが良いよ。じきに追いつかれる」
「ふ〜ん、かっこいいこと言うねぇ兄ちゃん。だけどそんな体たらくで大丈夫なのかな?」
ニヤニヤ笑いを浮かべ、上からものを言う青年にフェイルは盛大に顔を歪めたが、その通りなので言い返せない。
ただ、
「どういうつもり?」
とだけ聞く。
「つまり、手伝ってあげようか? って言ってんの」
青年はフフンと自信たっぷりに胸を張った。
フェイルは呆れたように溜め息をつく。
「相手はソーサリーなんだ。逃げたほうが身の為だよ」
暗に足手纏いはいらないと告げる。
青年はソーサリーという単語に少し目を見開いたが、すぐに不機嫌そうにムッと眉根を寄せて、フェイルの目の前に左人さし指を突きつけた。
その手に握られた鎖の先で錠前が大きく揺れ、とても危ない。
「あのなぁ、俺は目の前で人が危険な目にあってるのを見捨てて逃げられるほど、賢くできてないんだよ!」
それに――、と青年が続きを言おうとしたときだった。
「追いついた……」
ざわりと風もないのに木々が揺れる。
バッと振り返ったフェイルの頬に、葉があたり切り傷ができる。
「フェイルっ!」
短くナラルが声を上げるのに、そちらを向いて目で大丈夫だと言う。
「へぇ〜、兄ちゃんフェイルっていうんだな。
よっしフェイル! 俺はレオ、助太刀するぜ!」
青年――レオは、手に持った鎖鎌を構え、一歩前のフェイルの横に並んだ。