第11話「迷い道と風」 | 第2章 「森の中で」 |
ナルレスト。それは草原に属しながらも、レイファーミナ、アンレイルシアの住人が共存する、中立地帯の名前である。
元は、闇の力を持った人間が草原に国を創りだした代わりにできたものだ。
二大陸の間にある島、そこに行くためにはどちらの大陸からも森を通り抜けなくてはならない。
というわけで、カンナたちもナルレストに向かおうとする冒険者の例に漏れず、森を通り抜ける途中にあった。
木々の葉に光はさえぎられ、ここは常に薄暗く涼しい風が流れている。
「どうしたんだ?」
前を歩いていたナラルが急に立ち止まった。
警戒を帯びた瞳で、辺りを見回す。
木々が風に煽られてざわざわと揺れた。
杖を握る手にギュッと力が込められるのを見て、カンナは尋ねる。
ざわざわ、と。
風が一瞬強くなって。
カンナのマントがはためく。
少し視界が遮られて――
風が止んだときには、ナラルはいつもどおりの笑顔だった。
「う〜ん、やっぱり気のせいだったみたい。ごめんね。
やっぱり森の中だからわかりにくいなぁ…」
にっこりと笑うナラルにカンナは口を開きかけ、何を言おうと思ったのか自分でもわからず結局黙る。
ただ小さく小さくフェイルがナラルに聞こえないように息を吐く音が聞こえて、再び歩き出したナラルの背中を見た。
そういえば、森に入ってからだ。
リルフィード村遺跡のときから思っていたが、ナラルは魔獣に対してとても敏感だ。
まるで……まるで憎んでいるみたいに。
「ソーサリーって何処に住んでるんだろう」
誰に言うでもなくカンナは呟く。
自分でも、どうしてそんな言葉が今出てきたのかはわからない。
強いていうなら、この広大な大地に広がる光の射さない森に住んでいるはずのソーサリーを今まで見たことがないからだろうか。
ナルレストには、勿論ソーサリーも住んでいたけれど。
「奴らはもっと奥に住んでるんだよ」
振り返らずにナラルは言う。
背を向けているからだろうか。
その言葉がやけに素っ気無く冷たい響きをもって届き、カンナは少し気まずくなる。
「ソーサリーは森の奥に集落を作って暮らしてるんだ。
そこから一生外に出ないらしいから、会わないのも当然だよ。
そのせいでソーサリーのことはほとんどわかってないらしいし」
と、後ろからフェイルが言った。
カンナには初耳の話だった。
そしてナルレストに住むソーサリーだけしか知らないカンナには、想像できない話でもあった。
そういえば、あの広いナルレストでも、ソーサリーと会うことは滅多になかった気がする。
きっと、そういうことなのだろう。
カンナが納得するように頷くのを見てから、フェイルは前方を進むナラルに目をやった。
ナラルは努めてカンナたちのする話を聞かないようにしているかのように、脇目もふらず歩いていた。
あれじゃ警戒も何もあったもんじゃないね、とフェイルは嘆息する。
少し寂しそうな瞳。
「ナラル!」
呼び掛けると、少し驚いたように立ち止まって振り向いた。
「フェイル、どうかした?」
「どうかしたじゃないよ。こっちに進んであってるの?」
「あ……」
慌てて鞄をゴソゴソする。
そういえば先程から全然確認していなかったことに、今更ながらカンナも気づいた。
ナラルはやっと取り出したコンパスを見つめる。
少し黙って数瞬後、長い三つ編みを揺らして頭をあげた。
「エヘッ、間違ってた!」
頭に手をやりながら、ペロと舌を出す。
その額をフェイルが2本の指で押す。
「うぉっ!」
ナラルは頭を仰け反らせる。
ゴキッ、と首が痛そうに鳴った。
「〜〜〜!!」
「それでどっちに行けばいいわけ?」
額と首を押さえ声なき声で呻くナラルに、フェイルはいつもと同じ調子で聞く。
いつもと、いやそれはどこか苛立ちが含まれているようにも聞こえた。
「……こっち」
ナラルは恨めしげな目でフェイルを見上げつつ、額を押さえていた手である一方向を指さす。
今まで間違った、道なき道を進んできたわけだから、当然そこには人によって踏み分けられた道もなく。
少し目眩がして、フェイルは呟いた。
「まったく。僕が前を歩きたいよ」
しかし射手である彼にそれはできない。
溜め息を吐く。すると、ナラルが頭を下げた。
「ごめんなさい」
「いいよ、別に。僕もまぁ悪かったし」
ちなみにこの間、カンナは置いてけぼりである。
――だから、真っ先に彼女が気づいた。
「! 何かいる!」
杖を握る手に力を込める。
カンナのその声にナラルとフェイルもハッと顔を上げ、それぞれの武器を構えた。
ガサガサ……
周りの木々が揺れる。
いきなり、その木々の葉が、カンナたちめがけて飛んできた。
咄嗟に避けるが、なにぶん数が多く一枚一枚が小さい。
幾つか切り傷ができる。
「久しぶりに帰ってきたと思ったら……。
お前らこの先に何のようだ!!」
タンッと音をたてて木から飛び降りてきた人影。
耳が尖っている。
その険悪に細められた瞳は確かに金色で。
ソーサリーの少女は、警戒と嫌悪と敵意を全身に漲らせてそこに立っていた。