第34話「歌姫の詩−3−」 | 第4章 「歌姫の詩」 |
パシンッ―――パンッ
「え」
遠く、小さな何かが弾ける音がして、それとほぼ同時にアリフが首から下げていたペンダントが砕けた。
プツン
次いでアリフの弾いていたエラートの弦が一斉に音をたてて切れる。
「な、なんだ?」
いきなりの出来事に立ち上がり、警戒して辺りを見るカンナに、まったく慌てた様子を見せないアリフは落ち着いた声で言った。
「大丈夫よ、カンナ」
「でも」
「ちょっと邪魔が入っただけ。弦を切ったからもう何もしないわ」
「どういうことだ?」
構えをといてアリフを見る。
アリフは顔に薄い笑みを刷いて、エラートを指輪にしまった。
「カンナに余計なこと知られたくない人がいるのね」
立ち上がってスカートを払う。
「カンナ、知られちゃったから手短に言うけれど、この世界には物語があるの。“世界の物語”それがもう動き出してる」
一段上に立つアリフの目は、カンナの目と同じ高さにあった。
「誰がはじめたかわからない、後に伝説となるべき物語。私はその物語をある程度読み解くことができる。だからなるべくしてなった吟遊詩人なの」
キィィィィン
耳鳴りがする。
ふと覚えた違和感に改めてアリフを見直して、徐々に彼女の姿が足から薄れ消えていっていることに気づき、慌てたカンナは吟遊詩人の腕を掴もうとした。
しかし、
「無理よ」
その言葉どおり、カンナの手は彼女をすり抜ける。
愕然としてただ少女を見るしかないカンナに、アリフは優しく言った。
「本格的に怒らせちゃったみたい。大丈夫、単なる転移魔法だから。カンナ、これだけよ、あなたは既に物がた―――……」
その言葉を最後にアリフの姿はかき消える。
光を帯びたその残像を何もわからずただ見ているしかないカンナに、しかしすぐその声はかかった。
「カンナさん」
振り返るとホーリックが微笑っていた。
しかしすぐに心配気に眉を寄せる。
「どうしたんですか? こんな真夜中に」
「ホーリックこそ」
驚きに目を丸くしてカンナは問い返す。
「何でこんな真夜中に?」
「カンナさんが心配で。突然魔力が感じられなくなったものですから」
「え? ああ、キペアの魔法で」
あれは魔力も通さないのか。
吟遊詩人はたいてい持っていると言っていたが、カンナの知らない魔法だった。
立派な結界魔法である。
しかし確かフルーは、魔力を感じとれるのはスプライトとソーサリーだけだと言っていなかっただろうか。
「何もないと思ったんですけどね。さあ戻りましょうか、カンナさん、いい加減夜も遅すぎます」
結局何があったのか聞かずに、ただ促すだけのホーリックに、カンナも何も聞かず代わりに言う。
「さん、はつけなくていい」
「え? ああ、すみません。癖でつい」
どうも呼びなれなくて、と苦笑するホーリックに、カンナも曖昧に笑った。
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